こんにちは、橋爪志保です。季節はすっかり冬!うちではアドベントカレンダーをめくりながら、クリスマスまでのカウントダウンをしています。寒い日が続きますが、みなさま風邪などひかれないように、お気をつけください。
今月は自由詠でした。テーマや題はない、という回ですね。
それでは、特選1首、秀逸3首、佳作3首をご紹介します。
橋爪志保
2013年に作歌を始める。京大短歌を経て、現在は同人誌「羽根と根」所属。第二回笹井宏之賞にて永井祐賞受賞。2021年4月に第一歌集『地上絵』上梓。Twitter @rita_hassy47
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自選短歌
I am a 大丈夫 ゆえ You are a 大丈夫 too 地上絵あげる
特選1首
水道をひねれば両手いっぱいの虹の材料あなたにあげる/五ツ木居家
「水道をひねれば」という表現は、「水道の蛇口をひねれば」といった意味でしょう。でも、ここでは適度に書きすぎない、口語の言い方が効いています。「水道」という言葉にもうすでに「水」という文字が入っているので、「両手いっぱい」にあふれるものが「水」であるということは、視覚的にもよくわかります。
ところが、注目すべきところは「虹の材料」です。
虹はたしかに、大気中の細かな水の粒に光が屈折したり反射したりしてできるものです。だから虹の発生にもちろん水は欠かせません。けれど、「材料」と言われるとなんだか驚いてしまいます。「材料」という言葉は、たとえば「ホットケーキの材料の小麦粉」とかいう具合に使うと、なんの違和感もありません。でも、このように自然現象の一要素をあらわすために使われると、なんだか不自然に見えるのです。
そして同時に、ものも言いようだな、と思います。
ただの水なのに、「虹の材料」と遠回しに言うと、なんだか良いもののように見えてきます。水の可能性への信頼は、そのまま「あなた」への信頼ともつながっていく気がします。読みすぎかもしれませんが、「あなたの力をもってしてなら、このただの水も虹にできるんでしょう?」みたいな祈りすらも、わたしはうっすら感じました。
しかしながら同時に、そのハッタリともいえるような表現は、狂気にも近いものだとも思います。「あなたにあげる」のところで、読者の頭に浮かぶのは、水をためている両手のひらですが、その両てのひらがずいっとこちらへ突き出されているさまは、ちょっと強引で、ゾクっとさせるような印象があります。
信頼と狂気。どちらの要素も、たいへん美しくうつります。もしかしたら、ただの言葉を詩の材料として日々手渡している我々にも、その両要素は存在するのかもしれません。
秀逸3首
むき出しの心臓のような紅葉の下にいるのに好きと言えない/五感
「むき出しの心臓」という、一瞬ぎょっとする表現が初二句に持ってこられていて、痛みのような迫力を感じます。「~のような」ということで、比喩表現ではあるのですが、これはなんとも不思議な比喩ですね。
「心臓」と「紅葉」、たしかに、色が深い赤色であるという共通点はあるかもしれません。しかし、心臓は「ただひとつ」であることが強調される部位です。それに対して「紅葉」とはたくさんの葉っぱが集まってできているものですよね。また、「心臓」のようにずっしりと重みのあるものと、葉っぱのあまり重さがない感じも、じつに対比的です。
このような、言葉自身の持つ体感や感触に差があるものを「~のような」で結ぶことで、不思議な読み味を出したところに、とても技術があると思いました。
また、「臓」「よう」「紅」「葉」と、「OU」の音でリズムを出して、まるで心臓が拍動しているかのような緊張を演出している点も、おもしろいです。
続いて下の句を読んでいきます。仮に「心臓のような紅葉」の下にいれば通常なら「好きと言える」のかどうか、はわかりません。「むき出し」だろうが何だろうが、「好き」の感情(恋愛感情だけとは限らず、です)は時おり言いにくいものだからです。
そのため、「のに」という接続は、本来なら順当ではないはずなんです。けれど、自分自身の「好きと言えな」さのようなものを、周囲の環境と関係があるかのように(そしてないかのように)言ってしまう気持ちも、やっぱりわかります。
「好きと言えない」気持ちの切実さというのは、凡庸な感情かもしれませんが、比喩や韻律の技術がそれを陳腐なものに見せていないところが、とてもいいと思いました。
番犬に番犬らしく吠えられてわたしはわたしらしくのけぞる/ひーろ
「番犬」という言葉が二回、「わたし」という言葉も二回出てきます。しかし、ここで出てくる「番犬らしく」というフレーズと「わたしらしく」というフレーズはまったく性質の違うものです。
「番犬」というのは、泥棒や不審者などが入ってきたとき、吠えて家を守る「役割」を持った犬のことです。「番犬らしく」というのは、その「役割」をいかにも遂行した、という意味でしょう。しかし、「わたし」というのは「役割」を持つものではありません。「わたしらしくのけぞる」というのは、「わたし」自身の、たとえばめちゃくちゃ「ビビリ」であるなどの、わたしの個性から出たリアクションです。
一見「番犬」と「わたし」を同じように描いているにもかかわらず、ふたつにはおおきな違いがあるのです。その非対称さは、噛めば噛むほど深い味わいが出てきておもしろいです。
「番犬」という「役割」的な解像度でしか描かれない犬と個性ゆたかな「わたし」の対比と読んでもかまいませんし、役目を持っている偉い「番犬」と生身でよわよわしい「わたし」の対比と読んでもいいと思います。書いてあること自体はとてもシンプルな歌ですが、いろいろ楽しく読解ができます。
また、「吠えられる」→「のけぞる」というギャグのような順接に、コミカルさを感じるというのもあります。それは「のけぞる」のちょっと大げさな言い方が功を奏したということでしょう。たとえば「とびのく」「逃げだす」「おどろく」だったらどうでしょう。少し歌が色あせると思いませんか。ここでは「のけぞる」がベストなのです。
壺を売るためにデートをしてるのに本当に美味しそうに食べるね/吉村おもち
少し危ういですが、おもに二通りの読み方があるような気がします。
まず、主体が壺を売られそうになっている側の人(相手が詐欺師であることを見破っている)で、「壺を売」ろうとしている相手=「美味しそうに食べる」人という読み。
言葉を足すなら、「あなたってひとは壺を売るためにデートをしてるのにもかかわらず本当に美味しそうに食べるね」みたいな感じでしょうか。詐欺という任務(?)、詐欺師という肩書(?)に人格が支配されず、「美味しそうに食べ」るというその人本来の人間らしい部分が垣間見える、そんな面白さを歌った様子。
つぎに、主体が壺を売る側の人で、「壺を売」られそうになっている相手=「美味しそうに食べる」人という読みがあります。
言葉を足すなら、「わたしは壺を売るためにデートをしてるのに、それはそうとあなたは本当に美味しそうに食べるね」ですね。自分自身は詐欺師なのに、相手の「美味しそうに食べる」という長所に目が行ってしまっています。絶対この主体、壺そっちのけで、恋に落ちたろ。
どちらもそれぞれのおもしろみがあると思います。
「壺を売る」という、絵に描いたような詐欺師っぷりが、歌をユーモアのステージにとどめていて、深刻になりすぎないように読めるところもよいです。
佳作3首
やっぱ車輪素敵だよねこんなものは何度でも発明したくなるでしょう/丑野つらみ
「車輪」というのは、まあたしかに非常に便利な道具・手段かもしれませんが、とりたてて「素敵」とほめたたえられる機会のないもののような気がします。でもここで「やっぱ」と改めて言われると、なんだかシュールで笑ってしまいます。
「発明」というのは、この世に道具・手段を生み出す行為であり、ひとつのものを何度も「発明」することはできません。けれど、「車輪」の「素敵」さを表すために「何度でも」「したくなる」と書くことで、不思議な実感が生まれました。
背後からあなたを撮ればどうしてもあなたは顔をなくしてしまう/高遠見上
「背後」という言い方が、妙に不気味でよいなと思いました。(たとえば「後ろ」では台無しだと思います。)背中を向けた「あなた」はもちろん、顔が反対側についています。けれど「顔をなく」す、とあえて書いたことで、ホラー的な演出と、ものごとのままならなさ(それは「あなた」という存在へのままならなさともつながるかもしれません)の演出が同時に成功しました。
それは傘 蓑ではないし透明だし視力はいいしスナイパーだし/青虫
傘と蓑は、雨を防ぐという役割は同じですが、全然ちがうもの。「透明だし」ということで、その傘はビニール傘か何かなのかな。けれど下の句から、なんだか急激に右肩上がりになった折れ線グラフのように、事態が展開していきます。
「傘」と「視力」の関係性は順当には読み取れませんが、「視力」の良さが遠くの敵を狙う「スナイパー」という単語につながるのは、とてもわかります。理屈ではないテンションの上がってゆく感じが魅力的です。
まとめ
以上です。掲載された方、おめでとうございます!素敵な歌をありがとうございました。
さて、いよいよ階段歌壇、次回で最後の一回となりました。最終回は自由詠となります。
最後まで力を振り絞って評させていただきます。みなさまもぜひご投稿ください!!
第20回(最終回)階段歌壇 募集要項
- テーマ なし (自由詠です。テーマはありません)
- 応募期間 2021年12月5日〜25日
- 発表 2022年1月上旬(TANKANESS記事内で発表します)
- はじめて投稿する方は投稿ルールを必ずご確認ください。
応募フォームに筆名、メールアドレス、短歌を記載のうえご応募ください。
<注意事項>
- 未発表の自作の短歌に限ります。(掲載された短歌は既発表作品となります。)
- 1人3首まででお願いします。(1つの応募フォームで3首まとめて応募が可能です)
いただいた歌は、すべて選者(橋爪志保)が目を通して選をし、上位者の歌とコメントを発表します。
また、入選作のなかから最もよかった短歌を「特選」とし、短歌に関する素敵なグッズをお送りいたします。
そこのあなた、あなたの短歌をわたしに読ませていただけませんか?
この記事を書いた人
橋爪志保
2013年に作歌を始める。京大短歌を経て、現在は同人誌「羽根と根」所属。第二回笹井宏之賞にて永井祐賞受賞。2021年4月に第一歌集『地上絵』上梓。Twitter @rita_hassy47
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自選短歌
I am a 大丈夫 ゆえ You are a 大丈夫 too 地上絵あげる