階段歌壇 第3回「音」総評&第4回募集のお知らせ

企画

こんにちは、橋爪志保です。みなさま夏バテしてませんか?もう8月だなんて、信じられない……。

今回のお題は「音」の詠みこみ必須でした。今年は梅雨が長く続き、しかもしつこい雨降りだったせいか、「雨音」「雨の音」についての短歌がすごく多かったです。「あれ?わたし、題を『雨』に設定してたっけ……?」と錯覚するほどでした。

もちろん他にも、いろいろな「音」の短歌が集まりました。みなさまの作品とその情熱に心から感謝いたします。今回は特選1首、秀逸2首、佳作4首を紹介します。

 

階段歌壇 第3回「音」総評

特選 1首

音声に従い1や2を押した先で広がるコールセンター/橙田千尋

今回は、良くも悪くも、しっとりした内容の歌が全体的に多かったのですが、この歌のドライさには惹かれました。

電話で問い合わせや受付をする際、最初に自動の音声ガイダンスが流れることがよくありますよね。その音声に従って電話のボタンを押していくと、その用件に応じた場所につながって、生身の人間――いわゆる「コールセンター」の人に行きつく、というわけです。この歌はその過程を過不足なく描いています。

たとえば、「自動音声の声がさみしい」とか、「コールセンターのぶっきらぼうな感じが嘆かわしいな」とか、逆に「ボタンを押していって人が出てくるのが楽しい」とか、感情をゆだねることはいくらでもできたはずなのですが、この歌は決してそれをしません。必要以上の重さを歌にかけないことで、読み手に負荷を与えない、シンプルな美しさが生まれました。

とはいえ、この歌はただの「コールセンター」の説明文になっているというわけではありません。

何といっても、一番の読みどころは「広がる」だと思います。「1や2」を押していって、次にぱっと「コールセンター」へとつながる。そのときに電話をかけている人は音から「コールセンター」の部屋の様子、とまではいかずとも、「奥行き」を想像します。そこにちょっとしたよろこびがある。すごくささやかなんですが、音から空間を想像してしまうその手つきにうっとりしてしまいました。

この作者の方は3首投稿してくださったのですが、どの歌にも必要以上に飾らない、ふしぎな魅力がありました。紹介しますね。

丁寧に発音をしているけれどおはよう以上の意味はもたない/橙田千尋

この歌はまさに、この人の作風を反映しているかのような内容だと思いました。「丁寧」なつくりの歌ですが、過剰な「意味」を持たせない。短歌の中で「丁寧」をすると、「意味」を与えられがちですが、「もたない」と言い切られたら、それを信じるしかありません。(信じなくてもいいんですが、わたしはそう読みました。)

数人の会話が録音されていてどの笑い声もよく知っていた/橙田千尋

この歌では、どういうシチュエーションで「録音」がなされたのか、「よく知っていた」のは知り合いだからかなのか、それとも全く違う理由なのか、それすらもわかりません。けれど、「録音」された「笑い声」だけがくっきり読者のもとへ届きます。その体温みたいなものが伝わる切実さに、どうしても目が離せなくなりました。

 

秀逸 2首

天国のドアが重くて開かなくて天国からの音漏れを聞く/田村穂隆

せっかく天国の手前まで来たのに、残念ながら主体には、そこに入る資格はなかったようです。

そもそも、キリスト教的な「天国」には入口の「門」のイメージが共通認識としてあると思います。しかしこれはそんな「門」とは雰囲気が違います。自力で、しかも肉体的な力をもってして開けないといけない「ドア」だそうです。そんな、『HUNTER×HUNTER』の「試しの門」みたいなシステムで、「天国」に適当な人間かどうかを判別されては、たまったもんじゃありませんが……。

でも、自分なりに想像した「天国」をさらりと出してくる軽やかさには好感が持てました。また、重いドアを目の前にした非力な自分と、天国に不適当であるという絶望感は、うまくかみ合うとも思いました。

続いて、下の句を見ていきましょう。
「音漏れ」とあるので、コンサートホールやライブ会場などのイメージと重なります。天国はどんな楽しい音楽が鳴っているのかな。笑い声などもするのかもしれない。たしかにああいうホールやドームみたいな会場のドアってびっくりするほど重いときがありますよね。

チケットを取れなかった人が会場の外から「音漏れ」を聞く行為は、音楽イベントではおそらくマナー違反にもなりうると思うのですが、その罪深さが、天国へ行けなかった魂そのものを表しているかのようで、面白かったです。

もちろん、「天国」は、ライブの比喩で、行きたかったライブに行けなかった自分を誇張していると読むことも可能だと思います。

ただ、「天国」という言葉を二回使っているのはあまり効果的ではないように思えます。短い31音ですので、リフレインはここぞという時に使ったほうが力を発揮できます。たとえば、〈開かない重いとびらに耳をつけ天国からの音漏れを聞く(橋爪改作)〉としてみると、少し情報量を増やすことができました。
(もちろん、改作は本来の微妙な良さを失くしてしまう行為でもありますので、改良や正解ではありません。よろしくお願い致します。)

 

音を上げる前に倒れてしまうのでドミノ向きなのだわたしの心は/ブルーウェットふみ乃

なんだか不思議な説得力のある歌です。でも、けっこう歌の意味はとりにくそうです

「音を上げる前に倒れ」る、というのが、そもそもあまり実感としてわかるひととわからないひとがいるんじゃないかな。

わたしは「え、倒れるってことはそれはイコール音を上げてんじゃないの?もう無理―!ってことなんだから……」と思ってしまったので最初混乱したのですが、ここでの「音を上げる」を、例えば「降参です」とか「疲れた」とか「もうやだ」とか「あきらめた」とか、発言してしまうことだとすると、その発言の前にバタンといっちゃうってことになる。なるほど。四の五のいわずにバタン、というわけか。たしかに職場とかでもいますよね、疲労をため込みまくって、ヘルプサインを出す前に「倒れ」る人。

なんて健気でかわいそうな主体なんだ、と思いきや、下の句で思い切り開き直って「ドミノ向き」とか言っちゃってる。転んでもただでは起きない、ならぬ、倒れてもただでは起きない気だな。かっこいい。「ドミノ」は、ぱたぱた倒れていくと心地いいし、爽快感もあるし、芸術的でもある。

「なのだ」の言い切りも、謎に信頼感があるし、倒置も効いています。下の句がもし、「わたしの心はドミノに向いてる」だったら、面白さは半減してしまうでしょう。

また、「わたしの心」が「倒れ」るっていうのも、けっこう新しい表現だなと思いました。身体が倒れる、とかだとよくありますが。他にも、ドミノ倒しに使われる「ドミノ」の駒って、複数ないといけませんよね。自分の心を複数の形状で捉えている把握のしかたも、斬新でふしぎだなと思いました。

それとも、複数の人が倒れていく光景を想像しているのかな。たとえばブラック企業、とか……。「ドミノ向き」とか言ってる場合じゃない気もしますが。

 

佳作 4首

仰向けの箱ことわたし雨音のやまぬイヤホン耳に眠れり/茉城そう

そもそも「仰向け」は、「箱」にはあまり使う言葉ではありません。人間にならわかるんですが。

でも、その肉体の感じがあふれる「仰向け」と、モノである「箱」を合体させることで、生々しい空虚感が演出されています。自分を「いれもの」に喩える短歌自体はよくあるのですが、モノだけにとどまらない点が妙に新しいなと思いました。

イヤホンも、雨音を遮断するための道具などではなく、雨音を聴くための道具として使われていて面白い。「耳に眠」るという丁寧なフレーズも歌全体の雰囲気とよく合っています。

 

名を呼ばぬ関係のまま連れ立って見た観音の欠損は首/波川夏山

名前のつけられない関係性、ならまだわかるのですが、「名を呼ばぬ関係」って、いったいどういうことなんだろう。「○○さん」ではなく、「ねえ」とか「あんた」とか呼ぶってことなのかな。それとも、全然知らないひとどうしで見た、って意味なのかもしれない。

でも、いずれにせよ、この関係性が不穏なものであるということは、一目瞭然です。「欠損は首」という言い方も、「首が欠けてる」とかとは全く違う迫力を出しています。最後に「首」を持ってくることで、のっぺらぼうにいないいないばあをされたような気分になって鳥肌が立ちました。

 

信じるよ君の絶対音感を いまの信じるよはどうだった?/窪田悠希

絶対音感とは、楽器などでぱっと弾かれた音がどの音名(ドレミなど)なのか判別できる能力のことです。そう考えると、「信じるよ君の絶対音感を」というフレーズは、なんだか不思議です。

だってたとえば「君の愛の言葉を信じる」とかだと、べつに不思議ではないですよね(そのかわり面白くもないのですが)。君発信のものを信じるのではなく、君の感度のほうを信じる、と言っているわけで、そこにはっとするものがあります。

下の句の「いまの信じるよはどうだった?」も、ただの音感チェックの遊びをしているだけでなく、自分の「信じるよ」の気持ちを判別してもらう、言うなれば自分自身と「君」を同時に試している行為であるともとれますよね。可愛さもあるのですが、鋭さもある、よい歌だと思います。構造が意外と難しい歌ですね。

 

音たかくふられし我の初恋よすね毛に風が寄り添っている/アナコンダにひき

この場合の「音たかく」はどう読めばいいのだろう。「大っ嫌い!」って絶叫されたとは限らないけど、まあ、ド派手な衝撃を得るような失恋だったのでしょう。ふられたことも初恋であることも、「よ」で詠嘆していることも、「いやいや知らんよ」みたいに流すことはできたのですが、下の句の臨場感に参りました。

ただ「すね毛」が風に吹かれているだけなのかもしれないけれど、せめて寄り添っていると思わせてやってくれ、失恋の悲しみが癒えないうちは……と思わず祈ってしまいます。同じ作者の、

音になる前の呼吸でわたしには涙を流す準備ができた/アナコンダにひき

も、採ろうか迷った歌でした。

 

今回のまとめ

今回はなぜか、秀逸・佳作を決めるのがかなり難しかったです。もうすぐで佳作なのに!みたいな感じで落とした歌とか、秀逸にするか佳作にするかで悩んだ歌があったり、かなりの微差だったことをご報告いたします。

今回は「歌の倫理観」についてお話ししたいと思います。今回にとどまらず、時々、ほんの時々なんですが、故意的ではないにせよ特定の性質の人を軽んじたり、覚悟や意味なく汚い言葉を使ってみたり、必然性があいまいな感じで極端に暴力的な主義主張を詠みこんだりする歌を見かけることがあります。連作の中などで見たら、その意味もまた変わってくるのかもしれませんが、そういう歌は基本あまり採らないようにしています。

他には、既存のテレビCMをまるまるそっくり短歌化したものや、既存でかつ結構有名な別の作品から影響を過度に受けすぎているな、みたいなのも見たことがあります。そういうのもよっぽどのことが無い限り採りづらいです。

こういう現象は、もちろんたいていは悪意がない場合が多いので、各自がそれぞれに気をつけることしか防ぐ方法はありません。自戒もこめてそう思います。

 

それでは次回のお知らせです。

階段歌壇 第4回「地」募集のお知らせ

  • 題 「地」 
    (詠み込み必須:短歌の中に必ず「地」という漢字を入れてください)
  • 応募期間 2020年8月1日〜20日
  • 発表  2020年9月上旬(TANKANESS記事内で発表します)  
  • 応募フォームに筆名、メールアドレス、短歌を記載のうえご応募ください。 

 

<注意事項>

  • 未発表の自作の短歌に限ります。(掲載された短歌は既発表作品となります。)
  • 1人3首まででお願いします。(1つの応募フォームで3首まとめて応募が可能です)

 

いただいた歌は、すべて選者(橋爪志保)が目を通して選をし、上位者の歌とコメントを発表します。

また、入選作のなかから最もよかった短歌を「特選」とし、短歌に関するデジタルグッズ(スマホ用壁紙など)を賞品としてお送りします。

 

 

階段歌壇 第4回応募フォーム

 

そこのあなた、あなたの短歌をわたしに読ませていただけませんか?

 

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