「あなたの29年間は」企画 <3>なべとびすこさん、継野史さん

企画

平成2年(1990年)生まれの歌人が、「自分自身の29年間を振り返る短歌を詠む企画」、「あなたの29年間は」今回で第3回です。

・自身の29年間を振り返る境涯詠(短歌20首連作)
・ミニエッセイ

を隔週月曜日に全6回で連載しています。

第1回目はこちら

第2回目はこちら

 

なべとびすこ

『遠い場所』

 

「笑って」と言われるたびにどうすればいいかわからずそっとうつむく

 

生意気と言われることが多かった 僕に「こども」をかぶせるみんな

 

きょうりゅうのカードであそぶ友だちはセーラームーンを見ている時間

 

話しかけられるのを待つ 友だちは「ミルモでポン!」のノートを囲む

 

プロフィール帳に書いてる項目が埋められなくて重たいかばん

 

帰るとき話す友だちできてから世界に少し見えてるあかり

 

三階のトイレはタバコくさいので一年生のトイレまで行く

 

未解決事件のwikipediaを読んだ 誰かとちがう人を目指して

 

四点を取っても笑っている不良/八十点で泣きそうな僕

 

かなしさの開示を誠意と勘違いしすぎた 気づくのも遅かった

 

友だちに嫌われていくひびが来て元に戻っただけでかなしい

 

なんとなく行ったライブで感情をあらわにされて掴まれていく

 

夕陽色のギター、すり減ったフレット、胸のBPM速く鳴る

 

楽しいと思えばふつうに笑えると知るまで長くかかっただけだ

 

僕からの愛とおんなじ質量の愛がほしくてしょうがなかった

 

面接で笑顔が出ない また「御社」からもとどおり「企業」に変わる

 

また夢を使い果して現実と向き合ってまだ探してる夢

 

内定を祝ってくれた人みんなありがとう もう辞めてごめんな

 

短歌って苦手だなって思ってたころの僕からもう遠い場所

 

「笑って」に大した強制力はない真顔で前を向いてても良い

鳴ってる

小学5年生まで、「楽しい」とか「感動した」という感情がほとんどなかった。感動して泣いた、と言う人も、当時流行っていたプロフィール帳の「大切なもの:ともだち」と書いている子も、みんな嘘つきだと思っていた。

普通に生まれ、普通に育ち、平凡としか言いようのない人生なのに、なぜかひねくれていた。

帰り道、話す友だちがいなかった。友だちがほしいという感覚はなかったが、なんとなく恥ずかしくて毎日早足で帰った。1日24時間も要らない、20時間くらいでちょうどいい、とよく思っていた。

小学校6年生、友だちができて、私の人生は少し変わった。

それからは、遅れを取り戻すように遊んだが、友だちが少なかった5年間が災いし、うまくコミュニケーションが取れず、中学、高校、大学になってからも、多くの友だちを傷つけてしまったように思う。それでも、私はみんながいなければ、もっとひどい人間になっていただろう。

今でもひねくれていた気持ちがあるのも間違いない。

ただ、5年生のときになかった、「楽しい」も「感動した」も、今はあふれている。感情が鳴って騒がしいくらいだ。1日28時間ほしい。

未だに「笑って」と言われると、うまく笑えなかった頃のことが頭によぎる。それでも、最近は「逆に真顔でいる」ことも覚えた。

それでも「笑え」と命令されて、うまくいかなければ、それも短歌にすればいい。

 

『遠い場所』なべとびすこ 作者紹介

「やってみたいを、やってみよう」を合言葉に、なんでもやっている歌人です。短歌のワークショップをやったりボードゲームを作ったりしながら、よくカラオケに行っています。Twitter @nabelab00

Blog  なべとびすこのなすべきこと

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自選短歌

ふるさとと呼ぶには騒がしすぎる町 でもふるさとを他に知らない

 

継野史

愛の温度

 

 

神様の贈り物だったのでしょうか「ええよく笑う、かんしゃく持ちの」

 

帰り道ビリーヴを歌う上級生わたしも誰かを信じたかった

 

バラの咲く校区外にある公園はヒミツと十円チョコの味がする

 

iちゃんが泣いて笑って走り出す不器用だったね、わたしもだよね

 

登り棒一番上から空を飛ぶ一年生が登れずに泣く

 

怪獣のバラード歌い泣いていたたったひとりの砂漠の冷たさ

 

信頼と名付けられてる別室でひとりぼっちは光を夢見る

 

16のわたしは全てを知らなくて空の飛び方さえも忘れて

 

MDプレイヤーカバンに入れたなら夕日の桜並木を走る

 

食堂はいつでも梅雨の匂いがし、リプトンひとつお願いします

 

グランドを見下ろす教室わたしたち十年経っても愛し合おうね

 

友はいう「君も彼氏を見つけなよ」ポニーテールが跳ねていく様

 

ニートってなにをするのかわからずに星のことだけ詳しくなって

 

4日目にもう行けませんと電話するバックヤードに居場所などなく

 

19の春に再会したひとはのちに夫となるひとでした

 

癖のあるひとだと聞いていたけれど汗ばんだ手が愛おしくて、もう

 

式はせず静かに籍を入れた夜警備の人に祝福されて

 

大阪は大阪城と通天閣、たこ焼き、はしまき、わたしの夫

 

結婚し良かったことはなにと聞くふたりぼっちになれたことだよ

 

ほらちゃんと愛がわたしを生かしてる繋いだ手と手あなたの温度

さよならと言えなかったひとたちへ

29年間生きて、本当にたくさんの出会いがあった。あたたかな出会いも、かなしい別れも。その中でも「さよなら」を言えずにもう二度とあえないであろう人たちのことを強く思い出す。
小学校のとき好きだった男の子、中学校の部活の先輩、高校の先生方、結婚後に出会った新しい世界。みんな、みんながわたしの欠片できっとこの体はひとりっきりのものではないんじゃないかと、そう思う。そしてわたしもだれかの欠片ならいいと、願うような祈りがある。
もう二度と声は聞けない、もう二度と笑えない、それでもいい。あなたたちがこの世界のどこかで幸せに微笑んでくれていたらそれでいい。そんなことを本気で思っているのだけど、本人たちに言わせたら大きなお世話なんだろう。それくらいがちょうどいいのかもしれない。
これからも寿命が尽きるまで生きる。その日までいろいろな人と出会い、別れて、欠片になって。そんな人生をどこまでも進んでいこう。わたしは笑っていよう。わたしも誰かの欠片になるのなら、泣いているより笑っていよう。

最後に、さよならと言えなかった人たちへ。さようなら、愛しているよ。

 

 

『愛の温度』継野史 作者紹介

タオルケットのような歌を詠みたいと思いながらゆるゆる生きています

Twitter @ywrkn_tanka

自選短歌

さみしさに負けそうな夜キスをした「低温火傷にご注意ください」

次回予告

次回は10月28日(月)の公開を予定しています。

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