階段歌壇 第2回「生」総評&第3回募集のお知らせ

企画

こんにちは、橋爪志保です。初夏をいかがおすごしでしょうか。

今回のお題は「生」の読み込み必須でした。全体の投稿数は第1回に比べ減った様子ですが、おもしろい歌が格段に増えていたので、たいへん驚きました。「生」は、漢字としての読み方もたくさんあるし、熟語もたくさん作れそうなので、わたしもわくわくしていたのですが、わくわくしていた甲斐があったな~と、投稿歌を見てにこにこしてしまいました。

みなさまの作品とその熱意に、心から感謝申し上げます。今回は特選1首、秀逸2首、佳作4首を紹介します。

【前回記事】 階段歌壇 第1回「星」総評&第2回募集のお知らせ

橋爪志保

歌人。2013年に作歌を始める。京大短歌を経て、現在は同人誌「羽根と根」所属。その他の参加同人誌に、「鴨川短歌」「はるなつ」「あきふゆ」など。著作に、合同歌集『ベランダでオセロ』。第二回笹井宏之賞にて永井祐賞受賞。
Twitter @rita_hassy47
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自選短歌

I am a 大丈夫 ゆえ You are a 大丈夫 too 地上絵あげる

階段歌壇 第2回「生」総評

特選 1首

おそらくは大往生となる祖父を僕だけがまだ許していない/夜夜中さりとて

 

「人間関係」と「尊厳」の歌だな~、と思いました。

「大往生となる」とわざわざいうのだから、きっと「祖父」はまだ生きてはいるものの、かなり歳をとっているのでしょう。そしておそらく、死期が近いのだろう、と読みました。
また、下の句には「僕だけがまだ許していない」とあるので、「他のみんなは許した」のか、という想像がどうしてもできてしまいます。何を許したのか、は歌には書かれていませんが、たとえば「祖父」が元気だったころにおかした横暴だったり理不尽だったり、いろいろなことが予想できます。
いずれにせよ、「祖父」は、複数のひとに対して、「許し」てもらわなければいけないようなことをやってしまっていたようです。

歳をとったり死期が近づいたりして弱ってしまった人間に対して情のようなものができて、その人のおかした過去の行いを「許して」しまう、という心の動きというのは想像に難くありません。「僕」の周りの人間はそうだったのでしょう。
でも、「僕」はまだ「許し」はしないのです。人を許さないということは苦しいことです。しかも、「僕だけ」という状況は、さらに苦しそうです。しかし、その人(「祖父」)に対して「許さない」という感情をもってして人間関係を遂行することは、人間の持つ人格の個性さえも奪ってしまうような「死」という大きな出来事に勇敢に対峙している表れではないのか、とわたしは思うのです。

つまり、おそらく死期の近づきによってアイデンティティを失いかけている(たとえば、物言いが過度に厳しく、家族全員が「祖父」に疲弊や怒りを感じていた、としましょう。そんな「祖父」が弱っていき、どんどん丸くなってゆくところを想像してみてください)「祖父」に対して、「僕」は「許さない」という手段で、その死への流れに逆らうわけです。「許さない」という行為は、一見とても残酷に見えますが、元来の「祖父」によってもたらされた憎しみや悲しみを大切にし、尊重する心の動きでもあります。

「まだ」という言葉や、「おそらくは」というおどおどとした初句からの入りからは「僕」の一抹の迷いや罪悪感が読み取れます。けれど、どうか迷ったり、罪悪感を抱いたりしないでほしい。「許さない」という感情を持つきみは、「祖父」の尊厳を、そして何より自分自身の尊厳を、大切に守っているのだよ、とわたしは「僕」に呼びかけたくなりました。「許せなさ」が、燃える宝石のように輝いている1首です。

 

秀逸 2首

菊池先輩の誕生日を祝う歌が聞こえて大股になる/おいしいピーマン

豪快でキュートな歌です。

結句以外は事実の説明に使っているのですが、読みは分かれるところや、想像がいろいろできるところがたくさんあると思います。たとえば、「菊池先輩の」は「誕生日」にかかるのか(菊池’sバースデー)、それとも「歌」にかかるのか(菊池 is singing)。聞こえて、ということは主体(歌の主人公「わたし」)は菊池先輩を直接見れない位置にいるみたいだけれど、果たしてそれがどういう場所なのか。わからないことはたくさんあります。
けれど、別にそれによって嫌な感情を読み手が引き起こすことは全くありません。歌のなかでいちばん重要なのは、「大股になる」だからです。

とりあえず、「大股になる」のは歌の主体かなあ、とわたしは読みました(ここも100%そうとは言い切れませんが)。
人間が「大股になる」(足を大きく広げて座ることと、歩幅が大きくなることの二通り意味がありますが、わたしは後者でとったのでその読みを行います)ときって、どんなときでしょう。いろいろ考えられませんか。
ただ単純に急ぐとき。嬉しくてザクザク歩いてしまうとき。怒ってノシノシ歩くとき。このようにさまざまな感情が、どれも「大股」という行為にあらわれることがあります。

この歌の結句は、たとえば、「急いで行こう」(誕生日会にもっと遅れるから)や「うれしくなった」(菊池先輩のことや誕生日の雰囲気が好きだから)、「うるさい やめろ」(壁を伝って声がきこえてやかましいから)などのように、感情をそのまま書くことはありません。けれど、「大股」でなんとなく、こころの動きが少し切り替わったということだけが読み取れます。「大股になる」こと自体も行為として豪快なのですが、その歌の手放し方に豪快さがあるのですね。

「誕生日を祝う歌」というのは、世の中にわりとありますが、一番ポピュラーな、みなさんが想像するあの「ハッピーバースデートゥーユー」から始まる歌は、2回歌う時間で手洗いをすればしっかり洗えると言われています。誕生日会などに場面を限定せず、このご時世の歌としても読めそうです。

 

父さんは生命保険に入れないあの夜宇宙人を見たから/田村穂隆

生命保険、というのはたいてい加入するための条件が設定されていることが多いです。何歳以上はダメ、とか、持病があるひとはダメ、とかですね。要は、死亡率のめちゃくちゃ高い人とかが入れないようになっているわけです。保険会社も商売なので、お客がすぐに亡くなりすぎてしまっては、払うお金が多くかかってしまうので、バランスを見ているのでしょう。

ところが、歌のなかの「父さん」の「生命保険に入れない」理由は、「あの夜宇宙人を見たから」だそう。こうなったら事態は変わってきます。「あの夜」(たった一夜だけという感じがしますね)、「宇宙人を見た」ことによって、「父さん」に何らかの異常が起こり、「父さん」は死にやすい人間になってしまった。「宇宙人」と一言で言ってもいいやつからわるいやつまで、色々なキャラクターが考えられますが、これは「見た」だけの人間を死へと近づける種類の邪悪なやつなのでしょう。恐ろしいですね。そんな「宇宙人」、絶対出会いたくないです。

と、こうやって邪悪な「宇宙人」を漫画のようにイメージしてしまう読みも、それはそれで面白いのですが、この歌はもうひとつ、まったく違った方向から読むことができます。

世の中には、幻覚や妄想などの症状から「宇宙人」を見てしまう人々がいます。
それは、当事者以外の人たちからすると「宇宙人の幻視だよ、ほんとうはいないんだよ」といった具合なのかもしれませんが、当事者の立場からすると、それは「宇宙人を見た」こと以外に他なりません。幻覚や妄想の症状があらわれる病はひとつだけではありませんし、わたしは専門家ではないので言及は避けますが、そういった人々が生命保険をはじめとしたあらゆる保険に入りづらいという事例があることを、聞いたことがあります。

こういった背景を歌にあてはめてみると、たちまち歌の姿は一変します。すごくきびしく苦しい問題が浮き彫りになるのです。

 

佳作 4首

海外のボードゲームに描かれた芝生から撫でたくなる力/橙田千尋

ボードゲームと一言で言ってもいろいろありますが、とにかくカードや盤面に芝生が描かれていたのでしょう。カタンだろうか、Dixitだろうか、などなどいろいろ想像はできますが、「海外の」とあるので、少し「遠さ」のある芝生です。

「芝生から撫でたくなる力」というフレーズは「から」の部分や「力」で止めている部分がたどたどしいですが、圧縮がかかっていると思って読めばよくて、言葉を補って読むと、「芝生からはその芝生を撫でたくなるくらいすてきな力があふれている」といったところでしょうか。

本物の芝生を撫でたい気持ちはよくあるものですが、絵の芝生を撫でたいという感情を、「海外のボードゲーム」という絶妙なアイテムから引き出した点が歌の魅力でしょう。

 

皇帝は死ぬ よろこんでたのしんで川は流れるけど生ぐさい/山崎有理

皇帝という強大な存在がほろびることを示した初句と、一字空け以降が、なんだか不思議なかかわりあい方をしています。皇帝が死ぬという一事件のうしろにごうごうと流れるBGMのように、川の様子が描かれていると思いました。

「よろこ」ぶことや「たのし」むこと、「生ぐさい」においがすることは、生きていることのあらわれでもありますが、それが「皇帝」の「死」ときっぱり対比されています。「生」「死」のふたつの漢字が入っている歌であるということもおもしろいですね。

「皇帝」という単語の重厚感から、「川」は民衆の比喩ではないのか、などいろいろ他の読みも考えることができそうです。

 

手に持って生暖かくなっている。5歳の頃のそのメロンパン/早坂

不気味な歌です。
「生暖かく」が決定的に一首の印象を決めているような気がしますが、「生暖かい」ものが、何なのかがまずよくわかりません。

順当に読んでいくと「メロンパン」なのでしょうけど、たとえそれが焼きたてでも、「生暖かい」はあまり「メロンパン」に使う形容詞ではありません。いや、使ってもいいんですが、独特の居心地の悪さが感じられます。「身体」が生暖かくなる、と読むのもいいかもしれません。手から温度が伝わって、という感じですね。それでも、なんだか気持ちの悪い感覚です。

しかも「。」のおかげで、いやに落ち着きはらったような触り心地が、妙にぞわぞわします。しかも「5歳の頃の」、だそうです。回想の歌のようにも見えますが、あまりにも「生暖かさ」がリアルに伝わってくるので、ただの回想ではなさそうだ、という気配が感じられます。しかも「その」という強調によって、「メロンパン」はさらにまがまがしく見えてきます。怖い。

 

生肉をどんどん食べる 世界じゅうに友だちがいる気になってくる/窪田悠希

生肉ってそもそも、あまり「どんどん」食べるものではありません。たとえば焼肉屋とかで、ユッケを頼んでも、ちょっとしかついてきませんよね。でも、「どんどん」と言われたら、なんだかまるで生食用ではない肉を狂ったように食べているような印象を覚えます。そんなクレイジーな行為をしていると、「世界じゅうに友だちがいる気」になるレベルの全能感に似た何かを感じられる。
わたしはこんな風な「生肉大喰らい」、幸か不幸かやってみたことはないのですが、なんだかとても説得力があるように感じました。

「生肉」から「友だち」につなげると、なんだか「友だち」を食べているみたいな気にもなってくるのはわたしだけでしょうか。

 

今回のまとめ

以上です。掲載された方、おめでとうございます!素敵な歌をありがとうございました。

今回の全体へのアドバイスは、ずばり、「びっくり」と「説得力」についてです。

歌をせっかく読むのだから、わたしは「びっくり」したい、と思っています。
「こんな気づきがあってびっくり」とか、「こんな当たり前のことを歌にするなんてびっくり」とか、「こんな奇想天外な行為を歌のなかで行っていてびっくり」とか、いろいろあるのですが、「びっくり」は歌の良さにつながる鍵になったりすることがあります。けれど、「びっくり」の度がはずれてしまうと、こんどは地に足がつかなくなってしまって、歌をどう楽しめばいいのかわからなくなって困ってしまいます。

言葉には説得力が必要です。
なぜこの言葉がここに必要なのか、勢いだけでぽんと言葉を放り込んでしまっていないか、再検討する必要があります。歌が、自分しか面白くないものにできあがっていないか。
それを見極めることは、本当に難しく至難の業なのですが、たとえば作った歌はすぐ投稿せず、しばらく時間を置いて、ふたたび眺めてみるとか、繰り返し改作してみるとか、そういったことで歌がよくなることは結構あります。名作ができた!と喜んでいたのに、一夜明けてみると「なんじゃこりゃ……」という出来に見えた、なんてことはわたしにもよくあります。

読者を意識する(意識しすぎるとそれはそれでつまらなくなって行き詰まったりもするのですが)前に、自分が自分の歌の本当のよい読者になれているか、問いかけることは大切なのではないかと思います。

 

それでは次回のお知らせです。

階段歌壇 第3回「音」募集のお知らせ

次回の題は「音」。今回と同じく読み込み必須です。

 

  • 題 「音」 
    (詠み込み必須:短歌の中に必ず「音」という漢字を入れてください)
  • 応募期間 2020年7月1日〜20日
  • 発表  2020年8月上旬(TANKANESS記事内で発表します)  
  • 応募フォームに筆名、メールアドレス、短歌を記載のうえご応募ください。 

 

<注意事項>

  • 未発表の自作の短歌に限ります。(掲載された短歌は既発表作品となります。)
  • 1人3首まででお願いします。(1つの応募フォームで3首まとめて応募が可能です)

いただいた歌は、すべて選者(橋爪志保)が目を通して選をし、上位者の歌とコメントを発表します。

また、入選作のなかから最もよかった短歌を「特選」とし、短歌に関するデジタルグッズ(スマホ用壁紙など)を賞品としてお送りします。

 

階段歌壇 第3回応募フォーム

 

そこのあなた、あなたの短歌をわたしに読ませていただけませんか?

 

この記事を書いた人

橋爪志保

歌人。2013年に作歌を始める。京大短歌を経て、現在は同人誌「羽根と根」所属。その他の参加同人誌に、「鴨川短歌」「はるなつ」「あきふゆ」など。著作に、合同歌集『ベランダでオセロ』。第二回笹井宏之賞にて永井祐賞受賞。
Twitter @rita_hassy47
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自選短歌

I am a 大丈夫 ゆえ You are a 大丈夫 too 地上絵あげる

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