階段歌壇 第10回 自由詠<2>総評&第11回募集のお知らせ

企画

みなさんこんにちは、橋爪志保です。

今回で階段歌壇は、記念すべき10回目となりました。言うまでもないことですが、みなさまが投稿してくださるおかげで続けることのできている企画です。ほんとうにいつも、ありがとうございます。ご投稿くださるすべての方に心からお礼を申し上げます。

今回は、前回に引き続き自由詠でした。テーマや題がなく、自由にご投稿ください、というものですね。

それでは、特選1首、秀逸2首、佳作2首のご紹介をいたします。

 

橋爪志保

歌人。2013年に作歌を始める。京大短歌を経て、現在は同人誌「羽根と根」所属。その他の参加同人誌に、「鴨川短歌」「のど笛」「短歌の世」など。著作に、合同歌集『ベランダでオセロ』。第二回笹井宏之賞にて永井祐賞受賞。
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自選短歌

I am a 大丈夫 ゆえ You are a 大丈夫 too 地上絵あげる

階段歌壇 第10回「自由詠<2>」総評

 

特選1首

 

海の裾伸ばしツバルをものにする人魚の国の移住計画/遙禽すみ

 

金子みすゞという詩人の作品に、「大漁」という詩があります。詳しくは詩集をひらいていただければよいのですが、魚がたくさんとれた日、地上では人間たちが「祭り」のように喜んでいるけれど、水面下ではたくさんの魚(いわし)が「弔い」をするだろう、という二面の立場を鮮やかに書きあらわした、有名な詩です。今回の特選歌は、それと少し似ているところがあります。

「ツバル」は海抜がとても低く、地球温暖化による海面上昇で最初に沈むかもしれないと言われている国です。しかし、国が沈んではいけない、海面上昇は食い止めなければいけない、といういわば常識は、人間という立場だから言える意見なのかもしれない、とこの歌を読んで思いました。国が沈むかもしれないという悲しい予感は、いわしの「弔い」と同じく、片側の都合にすぎないのかもしれない、という気づきです。

人魚は伝説上、海に住んでいるものとされています。そんな人魚の「移住計画」なんだから、当然「海」の部分の面積を増やしたほうが居住の選択肢は増えるでしょう。「裾」を「伸ば」すという行為や、「ものにする」という軽やかな表現からは、「大漁」に出てくる「祭り」を想起させます。

「大漁」では、海の生き物側は「不快」、人間側は「快」という図式でしたが、この歌では、海の生き物側が「快」、人間側が「不快」という逆のものを言い表している、というわけです。

でも、ちょっと待ってください。この歌は「魚の国の移住計画」ではありません。それだったら確かにきれいに逆なんですが、「環境破壊は魚にとってもプラスにはならないんじゃ……?」という疑問が残るはずです。そこをこの歌では「人魚」という架空の生物を持ってくることでうまく回収しています。

人間の混乱とは裏腹に、「ものにする」なんていって陣地をいそいそと広げようとしてくる得体の知れない生物への恐怖感、そして、不謹慎ながら芽生える「いいぞ人魚、やっちまえ」という感情も、この歌を読んだ読者からはしみ出してくるのです。「人魚」は海の生き物ながら、人間と魚の中間のような存在です。そのことがさらに、親近感、不思議さ、さまざまな感情を連れてきていて、歌に奥行きを与えています。

また、「人魚」って基本単独で現れるようなイメージがありますが、「国」「移住計画」と大がかりになると、何体も「人魚」がいるような印象を覚えますね。複数形の「人魚」のイメージって、珍しいかもしれません。

 

 

秀逸2首

 

降り出した雨が私と気付くまであなたは気にもしなかったでしょ/四辻さる

 

「降り出した雨」を何かの比喩であるととらえて、たとえば少し無理があるけれど、ドアのノックの音が雨だれの音と似ていることから、「この音がわたしのドアのノック音だと気づくまで、ただの雨音だと思ってたでしょ」みたいに読むとか、または、雨をネガティブなものと捉えて、「〈助けてという呼び声〉が私のものであると気付くまであなたは気にもしなかったでしょ」みたいに、強引に意味をとることは、できなくもないと思います。
でもここは、比喩などではなく、直接、書いてあることをそのまま読んだほうがおもしろそうです。

「降り出した雨」=「私」という式は、けっこう珍しい自己の把握のしかただと思います。
「降り出した雨」=「私の涙」だったら凡庸な捉え方に落ち着くかもしれませんが、ここでは雨そのものが「私」であるといっていて、おどろきがあります。だって雨って液体だし、無数の雨粒は不可算的だし、むしろ「現象」に近いですよね。にもかかわらず、この突拍子もない「私」の定義のしかたにどこか説得力があって、惹きつけられます。

それはきっと、「あなた」に対する、いわば呪いめいた独特の距離感の心よせがあるからだと思うのです。ここまで言うと言いすぎかもしれませんが、まさか「血の雨」なのか?とすら思ったくらいでした。

また、同じ作者の〈前を見て右見て後見て左見てそうやって独楽になってね〉も、同じく呪いめいていて、よかったです。くるくる回ると、たしかに人間も「独楽」っぽいかもしれませんが、なんだかほんものの「独楽」にしてしまう呪文のような、そんな怪しさがあります。

 

 

この便器を離れて座席につけばすぐ映画が始まり終わってしまう/SAMIDARE

 

映画が始まる前にトイレに行っておこうという心の動きはとてもよくあるものですから、場面としては「あるある」なのですが、書き方がどうも不思議です。

この歌には、映画そのものに対する感情は描かれていません。でも、多分映画のことがとても楽しみなんでしょう。楽しみな物事は「終わってほしくない」ですから、「あ~始まったら終わってしまうよ、始まらないでほしい!!!」みたいな逆転の感情を抱くことはみなさんもあるかと思います。この歌の骨組みも、そんな感情と似たものではないのか、とわたしは読みました。

でも、「すぐ」「始まり終わってしまう」という表現からは、映画を堪能しようとしている気配がありません。それどころか、瞬く間に終了してしまう、とことん儚いものとして描かれています。もちろん、楽しい時間があっという間に過ぎる、という感覚がわからないわけではありません。でも、あまりに刹那的に描かれているがあまり、便器に座っている時間のほうが長いのではないか、とさえ(まあそれは大げさですが)、思ってしまうほどの表現です。

トイレの時間という映画に比べれば一瞬であるひとときが、この歌の中では、映画の時間よりも引き延ばされているのです。そのぐんにゃりとした時間の逆転に惹かれました。

また、歌の中には書いてはいないけれど、「便器」は、洋式便器のような気がしますね。座るタイプの便器から、映画館の座席へとスライドされる感覚で読むのが、一番面白く歌を鑑賞できそうだからです。つまり、「座席につけば」という言葉が間接的な誘導のようによく効いているのです。

同じ作者の、〈オロナミンCの中身をホームから捨てている人 春の季語かな〉も好きでした。架空の季語を夢想するという発想は、わりとよくあるとは思いますが、「もったいない」「汚い」みたいなネガティブな光景が「春の季語」と言われたことにより新鮮なものとして捉えなおされるところが面白いです。

 

佳作2首

 

闇のなか桜が染みた君を抱く 薔薇の香りに交換します/宵野月危

 

闇と桜の取り合わせは夜桜を彷彿させます。そのため、「桜が染みた」というのが実際どういうことかわからないなりにも、上の句を各々のなかに捉えることはできるでしょう。でも下の句では、そんな叙情をぶった切って「薔薇」という新しいアイテムを取り出してきて、しかも、おそらく染みているきみの「桜」(の香り)と「交換」するというのです。

「桜」「薔薇」という象徴的な花を二つも出してきているのに、着地点がベタでもなく、深みのある詩情でもなく、妙にへんてこなところが魅力的です。下の句だけを見ると、まるで芳香剤を交換するようなフランクさです。きつねにつままれたような気分になります。

 

 

シャンプーとリンスがともに無くなった夜考える月蝕のこと/青山蛹

 

「シャンプー」と「リンス」の使用量を比較すると、多分「シャンプー」のほうが微妙に多いので、例えば「シャンプー」6ボトルにつき「リンス」5ボトル使用したタイミング、などで「ともに無くなった」りするわけですよね。要は「シャンプー」と「リンス」って、必ずしも詰め替え時に毎回同時になくなるわけでなく、それこそ天文学的数字で偶然同時に切れるわけです。

そんな夜に、主体は「月蝕」のことを考えます。「月蝕」も、月と地球と太陽がうまいこと重なるときに起こるわけで、当たり前ですが、毎月とか毎日とか起こる現象ではありません。生活上で起こるまれなタイミングが、まれな天体現象と呼応しあうとき、ロマンが生まれるのです。

 

 

まとめ

 

以上です。掲載された方、おめでとうございます!素敵な歌をありがとうございました。

今回はひとつお知らせがあります。

第10回(今回)までは、特選のかたへの景品として「デジタルグッズ」(特選の歌を絵にした画像)が贈られてきましたが、次回からは景品がリニューアルします。

今後、特選のかたには、歌作に使える便利なグッズやたのしい短歌なグッズをお届けする予定です。どうぞお楽しみに!
*特選の方には記事公開後、数日中にメールで送付先をお聞きします。

 

また、次回は題詠になります。題詠は第1回~第4回の階段歌壇の募集のしかたと同じですね。短歌の中に必ずお題の漢字を入れてください。

*題詠、テーマ詠、自由詠の違いが曖昧な方はぜひ階段歌壇投稿ルールをお読みください。

題は「気」という漢字。読み込み必須です。

 

第11回階段歌壇 募集要項

 

  • 題 「気」(詠み込み必須:短歌の中に必ず「気」という漢字を入れてください)
  • 応募期間 2021年3月7日〜25日
  • 発表  2021年4月上旬(TANKANESS記事内で発表します)  

応募フォームに筆名、メールアドレス、短歌を記載のうえご応募ください。 

 

<注意事項>

  • 未発表の自作の短歌に限ります。(掲載された短歌は既発表作品となります。)
  • 1人3首まででお願いします。(1つの応募フォームで3首まとめて応募が可能です)
  • はじめて投稿する方は投稿ルールを必ずご確認ください。

 

いただいた歌は、すべて選者(橋爪志保)が目を通して選をし、上位者の歌とコメントを発表します。

また、入選作のなかから最もよかった短歌を「特選」とし、短歌に関する素敵なグッズをお送りいたします。

階段歌壇 第11回応募フォーム

 

そこのあなた、あなたの短歌をわたしに読ませていただけませんか?

 

この記事を書いた人

橋爪志保

歌人。2013年に作歌を始める。京大短歌を経て、現在は同人誌「羽根と根」所属。その他の参加同人誌に、「鴨川短歌」「のど笛」「短歌の世」など。著作に、合同歌集『ベランダでオセロ』。第二回笹井宏之賞にて永井祐賞受賞。
Twitter @rita_hassy47
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第1回 題「星」総評

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