階段歌壇 第4回「地」総評&第5回募集のお知らせ

企画

みなさんこんにちは、橋爪志保です。まだまだ暑い日が続きますね。いかがおすごしでしょうか。

今回の階段歌壇、お題は「地」。読み込み必須です。

地球とか、大地とか、土のにおいがしてきそうな歌が多かったです。でも、それだけにとどまらず、幅広い歌が集まりました。今回も楽しい作品を読ませてくださったみなさまに心から感謝申し上げます。

今回は特選1首、秀逸3首、佳作3首をご紹介します。

橋爪志保

歌人。2013年に作歌を始める。京大短歌を経て、現在は同人誌「羽根と根」所属。その他の参加同人誌に、「鴨川短歌」「のど笛」「短歌の世」など。著作に、合同歌集『ベランダでオセロ』。第二回笹井宏之賞にて永井祐賞受賞。
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自選短歌

I am a 大丈夫 ゆえ You are a 大丈夫 too 地上絵あげる

階段歌壇 第4回「地」総評

特選1首

新しい土地ともすぐに愛し合う急いで靴の踵を減らす/アナコンダにひき

 

元気な一首で、目にとびこんできました。

「新しい土地」というのは、引っ越しなどで住む土地が変わって「新し」くなったということかなあ、と読みました。慣れない場所では物理的(道に迷うとか)にも、精神的(ホームシック的な感情とか)にも、どぎまぎすることが多いはずなのに、この人は「愛し合う」んだというのです。

ポイントは、ただ単に土地を「愛する」のではなく、「愛し合う」のだという点。
つまり、自分が土地を愛しているだけでなく、土地のほうも自分を愛してくれている、という実感が、この人にはあるのですね。
それは、新しい場所に住むたとえばご近所さんが優しかったり、お店やさんが丁寧だったり、ということで愛を感じたのかもしれませんが、この書き方だと「土地」――地面というモノそのものが自分を愛してくれているという過剰な思いこみっぽくて、勢いがあって面白いなと思いました。

「とも」というのだから、前の土地とも「愛し合っていた」のだろうし、「すぐに」という強調表現からもその勢いは顕著です。

下の句を見てみると、より「土地」の「地面」感は際だって見えます。

要は踵が減るくらいたくさん歩いたということなんでしょうが、「土地」と足がたくさんくっついた、という物理的な「愛情表現」がしっかりと書かれていて、にこにこしてしまいました。「急いで」「減らす」という表現にも注目すべきでしょう。靴の裏って、自然に減っていくものだから、わざわざ「急いで」「減らす」ものではありません。
けれど、ここであえてこう書いてみる。まるで「土地」と「愛し合う」ために、踵を減らそうとしているちょっと本末転倒ぎみな主体も目にうかぶようです。

とはいえ歌の言っているイメージ映像は単純です。

「新しい土地」も前の土地同様気に入って、それゆえに街中をたくさん歩き回っている主体。ただそれだけのことです。むしろ地味なようにも思えます。しかし、歌は地味になっていない。なんだか書き方がおもしろいのです。そのおもしろさゆえに、「土地」へのプラスの感情だったり、浮き足立った気持ちだったり、主体の高いテンションだったりが臨場感をともなってこちらへと迫ってくるのです。

 

秀逸3首

端末で地図は瞬時に開くのにコーンポタージュの粒が取れない/長井めも

 

初句二句は、タ行とザ行が舌に心地良いですね。

「端末」というのは、スマホだったりパソコンだったりカーナビだったりの電子機器のことと思って読みました。確かに、地図くらいならたいていの「端末」なら、簡単に、「瞬時に」開くことができます。
でも、そんな光景も、30年前には全く想像すらできなかった世界です。紙の地図が主流だったころからすると、「瞬時に開く」「地図」は、ドラえもんのひみつ道具なみにすごいものにうつるでしょう。

そんな未来的な便利さが世の中に出回っているにもかかわらず、すごく初歩的で単純な不便さがこの世にはまだある、と歌の主体は言っています。
それが、「コーンポタージュの粒」の取れなさです。「コーンポタージュ」、いろいろなところで飲むシチュエーションはあると思うのですが、身に覚えがありすぎて、「これは自販機なんかで買う缶のコーンポタージュだな」と瞬時にわかりました。スープを飲みきったあと、とうもろこしの粒が缶のなかに残ってしまうんですよね。舌で舐めとろうとしても、全然無理。むしろ缶のフチで舌を切ってしまいそうになります。

自販機で買うので、外とかで飲むんだと思うのですが、そうすると、箸とかでつまむわけにもいかないし、すごくもどかしい思いをいつもします。飲み口の手前をくぼませると取りやすいと聞いたことがありますが、あんなスチール缶のかたさでは、くぼませるとか無理でしょ!となる。

「地図」を「瞬時に」出せるハイテクシステムが存在する世界なのに、とうもろこしの粒は取れないなんて、どう考えても、世界のバグだろ!!!と思ってしまう、その気持ちはとてもよくわかります。世界はまだらで不均衡。それをよくとらえた歌だと思います。

 

 

スカートを履いたわたしはモノレール地に足ついてるはずだけど不安/ツマリ

モノレールは車や電車と比べてとても不思議な乗り物であるように感じます。

もちろんちゃんと線路(っていうのかなあれは)があるから乗っていても大丈夫なんだけれど、宙に浮いてるような感覚だから、なんか落ちそうでこわい。ふわふわしている乗り心地です。

それだけでなく、「スカートを履いたわたし」とあるから、下からスカートの中が見えそうだ、というおそれもあるのでしょう。たしかに、「スカート」は日頃履き慣れていないと、足がスースーしてちょっと困ってしまう洋服です。

「モノレールに乗っているようだ」とかではなく、直接「わたしはモノレール」、という豪快な暗喩を使うことによって、「不安」さがより魅力的に伝わります。「わたし」の体の小ささと、モノレールのでかさも自然と対比され、ぐんにゃりと不安感をあおります。

「地」というお題から、どのような歌が来るのかわくわくしていたのですが、一番「地」というものの存在を考えさせられる歌は今回これであるような気がしています。しっかりと存在感のある「地」って本当に大切なんですね。題詠のときは、お題をどのように有効に活用しているかも、ときに評価のポイントとなります。

ところが歌の構造としては、やや難点があります。
「わたしはモノレール」という比喩の登場させかたはとてもよかったのですが、下の句は上の句の説明をしているだけになってはいないでしょうか。もっというと、「スカートを履いたわたしはモノレール」だけで、だいたい、「不安」であることの表現はできてしまっているような気がします。

情報の整理をしてから改作してみると、もっといい歌になるかもしれませんね。

 

 

どなたかがレンジに精通したらしく空き地に捨てられてる説明書/玉柿

これ、おそらく発想の最初の地点は、「空き地に捨てられて」た「説明書」を見つけた、ということだと思うんです。
けれど、主体はその様子を見て、「どなたかがレンジに精通した」ことが原因だ、と思いこむわけですよね。だって説明書はうっかり間違って捨てられたのかもしれません。または、今は使っていない「レンジ」の説明書が家から発掘されたからいらなくて捨てられたのかもしれません。なんなら別に使い方なんてすべてわかっていなくてもだいたいの動かし方がわかったら説明書を捨てる人はいるでしょう。

要は必ずしも持ち主が「レンジ」の使い方を十分にわかってしまったから捨てられたとは限らないわけです。よってこれは、思いこみの歌、だと思います。

けれど、やっぱり言い方がなんだかおもしろい。「どなたか」という「誰か」ではない、ちょっと小ぎれいさっぱりとした言い方も効いているし、なんせ「精通した」って表現、「レンジ」をマスターしたくらいの簡単で深みがないことには、基本使いません。
ちょっとおどけてそういう演出をしてみる。それが今回は成功したのだと思います。

また、発想はとても面白いですが、「地」という題を存分に生かせているか、ということを問われれば、難しいです。捨ててある場所の「空き地」は、ゴミ捨て場、みたいな感覚で使われている言葉なのかもしれませんが、少しとってつけた感じもします。

 

佳作3首

改札にワンバウンドで拒絶されこの地に降り立つ権利をなくす/四辻さる

ICカードの残高が足りない、とか、違う切符を通してしまった、とか、たぶんそういうことでしょう。駅の改札に、ばいーんと跳ね返された主体。「ワンバウンド」ってわざわざ書かなくても(だってツーバウンドで跳ね返してくる改札なんてきっとないでしょうから)わかるのに、なんだかコミカルな感じを演出しています。
そしてそれを「拒絶」とやや大げさな表現であらわしています。

下の句はもっと大げさで、「権利をなくす」とまで書いています。でも、たしかに、駅を利用することって、言い換えると「その地に降り立つ権利」を買うことなんですよね。そのことを改めて実感しました。

言いたいことがごちゃごちゃしていなくて、情報の密度が適切な歌だと思います。

 

 

洗剤が安い時だけ訪れる地産地消を謳うスーパー/新妻ネトラ

「地産地消」は、地域でとれた農作物をその土地で消費する、ということですね。そのほうが輸送のコストがかからないし、鮮度も保たれるし、生産者と消費者が結びつきやすく安心安全、などなどメリットがいくつもあります。

でも、洗剤はそんな「地産地消」とはおそらくまったく関係ない商品です。そこに小さなおかしみとリアルな生活感のあらわれがあり、くすっときてしまいます。

「謳う」という書き方からも、主体はあまり「地産地消」を信仰していない(?)ようで、こうやってさりげなく感情が描かれているところもよいなと思いました。

 

窓際に地球儀ありてわたくしの方を向くのが真夜中の国/青海ふゆ

窓からは陽がさしているのでしょうか。

もしそうで、窓、地球儀、わたくし、の順に並んでいるのであれば、たしかに陽があたらないほうの「真夜中の国」はわたくしと向き合っている状態になりますね。イメージをもし実際のものを置いてつくってみるとしたらそういうことになるでしょう。

けれど、それだけではない迫力がこの歌にはあるような気がします。
まるで、「わたくし」から暗い何かが発せられているような、夜を作り出すような心情を「わたくし」が持っているかのような、そんな厳かな印象を受けさえします。
「ありて」「わたくし」という言い方がそうさせているのかもしれません。雰囲気の演出がうまいと思いました。

 

今回のまとめ

以上です。掲載された方、おめでとうございます!

素敵な歌をありがとうございました。

今回は、次回のお話をちょっとしたいと思います。

今まで皆様には、題詠(詠み込み必須)で歌づくりをしていただきました。題にしたその漢字が入っていたらOKという感じですね(時々お題の漢字が入っていない歌が投稿されてくることがありました…そういうのは評価対象に含まれません)。

しかし、次回からはちょっと趣向を変えてみようと思います。題詠から、テーマ詠に変わります。

次回のテーマは「植物」です。こちらは詠み込み必須ではありません。もちろん詠みこんで「植物」という単語を歌の中に入れてもいいのですが、「植物」をテーマにした歌であれば、基本詠みこまなくても大丈夫です。

たとえば「チューリップ」の歌だったり、「福寿草」の歌だったり、「枯草」の歌だったり、「光合成」の歌もあるかもしれません。そういった単語を使わず、植物のことをそれとなく示すのでもアリです。

題詠とは少し頭の使い方が変わります。楽しんで作ってみてください!

 

それでは次回のお知らせです。

階段歌壇 第5回テーマ詠「植物」募集のお知らせ

  • テーマ 「植物」 
    (詠み込み必須ではありません。植物をテーマにした歌であれば、歌の中に「植物」という単語は入れなくてもかまいません)
  • 応募期間 2020年9月5日〜25日
  • 発表  2020年10月上旬(TANKANESS記事内で発表します)  

応募フォームに筆名、メールアドレス、短歌を記載のうえご応募ください。 

 

<注意事項>

  • 未発表の自作の短歌に限ります。(掲載された短歌は既発表作品となります。)
  • 1人3首まででお願いします。(1つの応募フォームで3首まとめて応募が可能です)

 

いただいた歌は、すべて選者(橋爪志保)が目を通して選をし、上位者の歌とコメントを発表します。

また、入選作のなかから最もよかった短歌を「特選」とし、短歌に関するデジタルグッズ(スマホ用壁紙など)を賞品としてお送りします。

 

そこのあなた、あなたの短歌をわたしに読ませていただけませんか?

 

階段歌壇 第5回応募フォーム

 

階段歌壇 バックナンバー

第1回 募集のお知らせ

第1回 題「星」総評

第2回 題「生」総評

第3回 題「音」総評

 

この記事を書いた人

橋爪志保

歌人。2013年に作歌を始める。京大短歌を経て、現在は同人誌「羽根と根」所属。その他の参加同人誌に、「鴨川短歌」「のど笛」「短歌の世」など。著作に、合同歌集『ベランダでオセロ』。第二回笹井宏之賞にて永井祐賞受賞。
Twitter @rita_hassy47
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通販 https://hassytankashop.booth.pm/

自選短歌

I am a 大丈夫 ゆえ You are a 大丈夫 too 地上絵あげる

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