階段歌壇 第9回 自由詠<1>総評&第10回募集のお知らせ

企画

みなさんこんにちは、橋爪志保です。

1月は行く、2月は逃げる、3月は去る、と言うように、年の初めは早く時が過ぎてゆくような気がしますね。1月、あっという間だったような気がしませんか?

第9回はテーマや題がありませんでした。つまりは自由詠、どんな短歌をつくってもOKという回です。自由詠だからか、また少し投稿数が増えていました。今回もご投稿くださったすべての方に心からお礼を申し上げます。ありがとうございます!

今回は、特選1首、秀逸3首、佳作2首をご紹介いたします。

 

先日実施されたTANKANESSアンケートで、「特選、秀逸、佳作」の差を知りたい、という意見があるとお聞きしました。

そのため、今回は、特選、秀逸、佳作、の差について改めて明確にしようと思います。

この3つの差、とても近くて迷うときもあれば、各段にちがうときもあります。でも、いずれのときも、ちゃんと明確に差があるという考え、理由のもとで分けています。

しかし、わたしはあえて「どこが違うのか?」「何が悪かったのか?」はすべて書かないようにしています。なぜならその基準を、できれば選の結果を見て読み取ってほしいからです。

今回の選評では、ためしに少しわかりやすめにいいポイントと批判を書いてみました

 

橋爪志保

歌人。2013年に作歌を始める。京大短歌を経て、現在は同人誌「羽根と根」所属。その他の参加同人誌に、「鴨川短歌」「のど笛」「短歌の世」など。著作に、合同歌集『ベランダでオセロ』。第二回笹井宏之賞にて永井祐賞受賞。
Twitter @rita_hassy47
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通販 https://hassytankashop.booth.pm/

自選短歌

I am a 大丈夫 ゆえ You are a 大丈夫 too 地上絵あげる

 

階段歌壇 第9回「自由詠<1>」総評

 

特選1首

 

天使らは人が飛べると信じ込み風に乗れよと背中を擦る/Oh!Yeah!健三郎

 

今回掲載する短歌は、「不思議な世界観」を歌の中で構築して提示してくるものがわりと多かったように思います。この歌も、天使という現実には実在しない存在を歌の中であたりまえのように登場させています。

「天使ら」、というから何人も天使がいるのでしょう。天使は羽が生えていますからまあおそらく飛べるのですが、ふつうの人間、つまり「人」はもちろん飛べません。そんなこと、背中を一目見たらわかるだろう、とも思うのですが、天使らはそういう価値観のもとで判断はしないようです。自分と似た姿かたちをした「人」に、「風に乗れよ」だなんてアドバイスを送り、「背中を擦」るのです。

(ちなみにここは、「天使ら」が羽のない「人」の背中を「擦る」と読みましたが、「天使ら」が羽のある自分たちの「背中」をこれ見よがしに「擦る」とも読めるかなと思います。)

この歌のポイントは「信じ込み」をどこまで信用するかだと思います。「天使ら」がほんとうに「信じ込」んでいるのならば、「天使ら」は自らの動力が「羽」であることに気づいていないのかもしれません。すると、ちょっと滑稽な、ばかでかわいい「天使ら」が見えてきます。しかし、「信じ込み」というのがレトリック上の手つきで、ほんとうは「信じ込」んでいないのならば、どうでしょう。

つまり、「背中を擦る」という言葉から「天使らは本当は人と天使の背中の差異を認知して、人が飛べないことを知っている」と読む読み方です。すると、「天使ら」がぐるりと「人」を取り囲んでいじめているようにも見えてきませんか。そう思うと「風に乗れよ」は、非常にしらじらしいセリフに聞こえますね。このような「天使」と「人」の関係性は、何かの比喩であるかのようにも見えてきます。

このように、景はわりとちゃんと見えてくるにもかかわらず、あらゆる読み方ができるという特長がこの歌にはあります。

 

秀逸3首

 

生きていることで驚かすオバケ向け人間屋敷を生業にする/もそ

 

印象的な歌です。この歌からは、「オバケ屋敷」という存在が「人間向け」であること、「オバケ屋敷」とは「オバケ」が「死んでいる」がゆえに驚いたりするのだということが反転して見えてきます。そこがまず、発見の歌としておもしろいです。

現代社会の中で「生きる」ことはときに困難を極めます。そんな中、「生きている」ことそのものに、驚いてもらったり、エンターテインメントとして面白がってもらえることは、〈生きてるだけで丸儲け〉ではありませんが、なんだか生を全肯定してもらったような気持ちになります。その相手がたとえ「オバケ」だったとしても、いや、「オバケ」であるからこそ、その命に切実さが見いだせるような気すらします。

短歌の中で「生」という字を2回使ったり、地を這うように「生きていること」に執着するような「生業」という語彙の選択は、ここでは成功しているように思えました。

ただ、ひとつ欠点を言うなら、描写が濃いわりには、景がいまひとつ確定的でないというところでしょうか。「生業にする」というのは具体的にどういう行為なのか、「人間屋敷」というのはどういう建物なのか、しっかり見定めたいという欲求が、歌を読んでいるとあらわれてきます。それは、使われている言葉ひとつひとつが強いからです。こういう欲求が解消されないと、歌がただの言葉遊びみたいに感じられてしまいます。

 

ファミレスのファミレは全部シャープ付き半音高く少し幸せ/稲井亮太

 

「ファミレス」という言葉に、ドレミの音程を見出したというところに、まずはわかりやすい面白さがあります。「ファ」「ミ」「レ」「ス」という4音の中に、3つもドレミの要素が入っているとは!言われてみないと気づかないことです。ただ、この歌はその発見だけにとどまりません。

音楽記号の「シャープ」は、「その音を半音上げる」という意味があります。「ファミレ」にはそのシャープがついているそうで、それゆえ「少し」の幸福感がある。確かに「ファミレス」は、ドリンクバーを頼んだら飲み放題だったり、いろいろな種類のごはんが食べられたり、レジ横でかわいいおもちゃやお菓子が売っていたり、深夜遅くまでやっていたり、「ちょっとした幸福感」にあふれている場所だといえるでしょう。

「ファミレス」の「ファミレ」の音の発見だけに頼らずに、「幸せ」であるというところまで持っていき、共感を呼ぶ歌に仕上げた点は、評価すべきところだと思います。

しかし、一方で「半音高く」が「シャープ付き」のそっくりそのまま説明になっていないか、「少し幸せ」が「ファミレス」のCMっぽくなっていないか、ということについては指摘されるべきですし、「ミ」の「シャープ」が実質「ファ」である(ミとファの間は半音しかありません)ということも留めておくべきでしょう。

 

ぼたぼたと雪崩れてされど完璧に近づく春のいちごパルフェ/茉城そう

 

「パルフェ」は、「パフェ」と同義ととっておきましょう。そもそも、「パルフェ」は「完璧な」という意味を持つ単語から名前が取られたデザートです。たしかに、「いちごパルフェ」は、いろいろ食材がのっていて、きれいに盛り付けてありますから、「完璧」という名にふさわしいといってもよいでしょう。しかし、この歌では、「パルフェ」を簡単に「完璧」と言っているわけではありません。

というのも、「ぼたぼたと」「パルフェ」が「雪崩れて」いる様子は、一見、「完璧」とは程遠く思えるからです。かわいい盛り付けはぐちゃぐちゃ、決してきれいなものではありません。しかし「されど完璧に近づく」、と歌の主体は言っています。食べてこそ、形崩れしてこそ、「完璧」だというのです。ここに、ふつうの価値観とは違う、主体のゆずれない美学があるようです。

雪崩れて、というほんとうの雪の「なだれ」をイメージさせる、大げさな言葉もおもしろく効いています。

ただ、「完璧」と「パルフェ」、二度同じ意味の言葉をあえて重ねたことはわかるのですが、歌としてはやや単調で、情報量が少なくなってしまうというデメリットもあります。ここは、議論の余地があるでしょう。

 

佳作2首

 

消毒のあれ実はセーブポイントで押したところからコンティニューする/青山蛹

 

コロナウイルスの影響により、外出先では、消毒用アルコールをよく見かけるようになりました。たいてい建物の入り口や部屋の入口などに置いてあるので、確かにRPGのゲームの中にみられる「セーブポイント」の置き方と似ているかもしれません。「押す」という動作も「セーブポイント」のボタンを押しているかのようです。「消毒のあれ」で、意味が通ってしまうのも、今のご時世のならではといったところです。

染みたり面倒だったり、少し嫌な面もある「消毒」ですが、「セーブポイント」だと思えば、少しウキウキしますね。「押したところからコンティニューする」が、まるまる「セーブポイント」の説明文になってしまっているところが少し残念です。

 

福袋ゆらす帰り道には身を乗り出すように冬椿咲く/ひーろ

 

韻律の面で目立った成功をしている歌です。音読すると、「身を」という部分が、ほんとうに「身を乗り出」しているようにみえる置き方をしてあると思いませんか。二句・三句の句またがりも自然です。福袋というちょっとわくわくするものと、冬椿という道ばたにある別のものの様子は、直接は関係ないけれど、癖なく適切に置かれた歌だなと思います。

全体的に地味めな歌なので、一首単体ではなかなか「めちゃくちゃいい!!」と押し上げることが難しいのですが、連作の中にこういう歌があると、良いバランサーになるような気がします。

褒めるには言語化が難しいのですが個人的には好きな歌です。同じ作者の、〈Y字路の誘導員のおじさんが車と風を振り分けてゆく〉も、自然さがいいですね。

 

 

まとめ

以上です。掲載された方、おめでとうございます!素敵な歌をありがとうございました。

最初に書いた通り、今回は、特選、秀逸、佳作、の差について少しわかりやすくいいポイントと批判を書きました。

選の結果に納得できない、という場合も、もしかしたらあるかもしれません。それは、人間の数だけ評価軸があるのだから、不思議なことではありません。

もちろん選は、厳正に行いながらも、どうしてもわたしの主観が入って来る可能性が大いにあります。自分の作風と合わないと感じられた場合は、他の評価軸にふるいをかけてもらうという手(=他の選者の投稿欄にも投稿してみるという選択)も、大いにアリかと思います。

短歌の発表の場がたくさんある中で、階段歌壇を選んでくださっているみなさまには心から感謝を申し上げます。いつも信頼を、ありがとうございます。でも、無理せずに短歌を続けてくださいね。短歌を楽しむ方法はたくさんありますから。

 

次回も、今回と同じく自由題です。

 

第10回階段歌壇 募集要項

 

  • テーマ なし 
  • 応募期間 2021年2月5日〜25日
  • 発表  2021年3月上旬(TANKANESS記事内で発表します)  

 

応募フォームに筆名、メールアドレス、短歌を記載のうえご応募ください。 

 

<注意事項>

  • 未発表の自作の短歌に限ります。(掲載された短歌は既発表作品となります。)
  • 1人3首まででお願いします。(1つの応募フォームで3首まとめて応募が可能です)
  • はじめて投稿する方は投稿ルールを必ずご確認ください。

 

いただいた歌は、すべて選者(橋爪志保)が目を通して選をし、上位者の歌とコメントを発表します。

また、入選作のなかから最もよかった短歌を「特選」とし、短歌に関するデジタルグッズ(スマホ用壁紙など)を賞品としてお送りします。

 

階段歌壇 第10回応募フォーム

 

そこのあなた、あなたの短歌をわたしに読ませていただけませんか?

 

 

この記事を書いた人

橋爪志保

歌人。2013年に作歌を始める。京大短歌を経て、現在は同人誌「羽根と根」所属。その他の参加同人誌に、「鴨川短歌」「のど笛」「短歌の世」など。著作に、合同歌集『ベランダでオセロ』。第二回笹井宏之賞にて永井祐賞受賞。
Twitter @rita_hassy47
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自選短歌

I am a 大丈夫 ゆえ You are a 大丈夫 too 地上絵あげる

 

階段歌壇バックナンバー

第1回 募集のお知らせ

第1回 題「星」総評

第2回 題「生」総評

第3回 題「音」総評

第4回 題「地」総評

第5回 テーマ「植物」

第6回 テーマ「学校・学生」

第7回 テーマ「夢・睡眠」

第8回 テーマ「歌・踊り」

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