こんにちは、橋爪志保です。夏も終わりに近づいていますが、みなさまお元気でしょうか。わたしは京都在住なので、まだまだ暑い日も多いですが、このあいだ札幌に住む友だちとZOOMをしたら、友だちは重ね着をしていて驚きました。みなさまの9月が楽しいものとなるように、お祈り申し上げます。
第16回のテーマは「のりもの」。「のりもの」についての歌なら「のりもの」という単語は含んでいなくてもOKというものですね。
今回は、特選1首、秀逸1首、佳作3首をご紹介します。
橋爪志保
2013年に作歌を始める。京大短歌を経て、現在は同人誌「羽根と根」所属。第二回笹井宏之賞にて永井祐賞受賞。2021年4月に第一歌集『地上絵』上梓。Twitter @rita_hassy47
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自選短歌
I am a 大丈夫 ゆえ You are a 大丈夫 too 地上絵あげる
階段歌壇 第16回 テーマ詠「のりもの」総評
特選1首
行き先も速さも違っていただろう自転車たちを積んだトラック/ひーろ
違法駐輪撤去のためなのか、それとも廃車となったいらない自転車を回収しているのか。詳しくはわかりませんが、自転車がたくさんトラックに積まれている様子が描かれています。
それらの自転車の現役時代は、もちろん自転車一台一台が向かう行き先、そしてこぐひとのスピードによって速さが違っていたでしょう。でも今は違います。トラックは同じスピード、しかも現役時代の自転車よりおそらくずいぶん速いスピードで、すべて同じ行き先へと自転車をつれてゆくのです。
歌意はわかりやすくシンプルですが、なんとも哀愁が漂います。自転車の死(ただの違法駐輪撤去だったらまたよみがえる可能性はありますが)とは、「行き先」「速さ」という個性を奪われることなのだな、としみじみしていました。
自転車は生き物ではありませんが、個性がある生き物のような存在に対する愛着すらも、改めて実感できるいい歌だと思います。深読みとは思いますが、これは人間にも言えることだと感じます。たとえば、生前はさまざまな音楽の好みの個性があったのに、死んだらみんなお経が好きということになってしまいますよね(この比喩、的確かな?)。
同じ作者の〈旅客機はわたしの分の空席を抱えて夏を飛び越えてゆく〉もよかったです。
イメージできるのは、入道雲のもくもくした真っ青な空に、一筋の飛行機雲。空にある「旅客機」は小さく見えるけれど、でも「わたし」の乗るはずだったひとつの大切な席があるのです。「旅客機」に乗れなかった理由はわかりませんが、今がコロナ禍であることもふまえた事情があったのかもしれません。「空席」というものの実感が、こちらに迫ってくる歌です。
秀逸1首
助手席で舐めて溶かした酔い止めの効きを疑うほどぶどう味/鈴木ジェロニモ
この酔い止めは水でぎゅっと飲むタイプではなく、舌で「舐めて溶か」すタイプなんでしょうね。だいたい、ああいう薬の味って、甘いことは甘いけど、有効成分があるぶんちょっと苦かったりします。まあ、正直いってそんなにおいしくはない。でも、この歌では「効きを疑うほど」の「ぶどう味」だと言うのです。ようは薬の味がぜんぜんしないということ。「ラムネじゃん、これ!」状態だというわけですね。
薬の効き目は、実際それが効きだしてからでないとわからない(当然のことを言いましたね)ですが、でも、それでもなんとはなしに「味」で効きそうかどうか判断しているところってあります。ささいな心の動きですが、確実にみんなの経験としてあることだと思います。その経験をうまく、ここでは歌に掬い上げています。「良薬は口に苦し」が本当なら「ぶどう味」の薬なんて、絶対効かないよ。でも、現代の科学は偉大で、これがけっこう効いたりするんです。
この作者の歌は他のもよかったです。両方比喩の歌なんですが、〈プリウスのようにしずかなクマバチに「刺さないやつ」と近づいていく〉は、大きさもまったく違う、生き物とそうでないものである「プリウス」と「クマバチ」が、「しずか」という一点だけで交わっているところが気持ちいいです。〈ゲレンデのリフトに尻をすくわれて大繩で跳べたときの感じ〉は「尻をすくわれ」るという表現が、それ以上でも以下でもないのに、なんとも愉快ですね。
佳作3首
飛行機が着いた瞬間みな揺れる買い物帰りの卵みたいに/丁香花 古
飛行機の着陸のときって、たしかに振動があります。しかもわりと強い揺れです。
その揺れがあまりに人間たちを一様に動かすさまが、人をまるで人のようには思えなくさせている、という面白さがこの歌にはあります。卵のようなすぐに割れてしまうようなものに人間を例えていることの危うさも面白いです。
同じ作者の〈「地元」って名前の駅があっていい 全員そこで下車してもいい〉の投げやりな感じも爽やかでよかったです。
とまりますボタンをすこし躊躇えばバスはいよいよあの恋に似て/西鎮
とまりますボタンを押すと、バスは止まってしまいます。ここで止まるか、それとも発進するのか。その躊躇いは恋の駆け引きに、たしかに似ているのかもしれません。「躊躇」ったあと、結局ボタンを押したのか押さなかったのか書いていないところもおもしろい。「いよいよ」という言葉の感覚も、読ませる歌、という感じがしてよいと思いました。
同じ作者の〈こんなにも会いたい夜を遡るタクシーきっと誰も魚で〉も好きでした。
過ぎていく季節の為のハイヤーになる時わたしの呼吸はしずか/城崎ララ
「過ぎていく季節の為の○○」というフレーズ自体には、既視感がないわけではないのですが、「ハイヤー」にびびりました。「ハイヤー」ってイメージ的にリッチな感じがするので、基本ちょっと詩情と付け合わせにくいところがあると思っていました。
でもここでは、なんだか絶妙な感触を演出していて効果的にうつっています。季節を葬るためにしている呼吸のしずかさと、「ハイヤー」のしずかに走るさま、というのは性質のちがうものかと思うのですが、独特の手触りがなぜかおもしろいです。同じ作者の〈三歳がじっとしている踏むと鳴る靴を蟻らののりものにして〉も「のりもの」の解釈がおもしろく、好きでした。
まとめと大切なお知らせ
以上です。掲載された方、おめでとうございます!素敵な歌をありがとうございました。
さて、次回も引き続きテーマ詠です。テーマに沿っている内容であれば詠みこみはいらない、というもの。
次回のテーマは「気候」。晴れ、雨、雪、あられなどの他にも、たとえば花曇り、たとえばハリケーン。いろいろ発想をふくらませてみてください。
そして、みなさまに大切なお知らせがあります。
実は、この「階段歌壇」のコーナーは、全20回(今回は第16回です)で終了します。短い間ではありましたが、みなさまの歌をお読みできて、選者としてとても幸せな時間を過ごさせていただきました。本当にありがとうございました。
とはいえ、まだまだあと4回あります!!最後まで気合いをいれて歌を読んでいきたいと思っていますので、みなさまどうぞご投稿よろしくお願いいたします。
第17回階段歌壇 募集要項
- テーマ 「気候」 (詠み込み必須ではありません:短歌の中に「気候」という単語は入っていなくてもOK)
- 応募期間 2021年9月5日〜25日
- 発表 2021年10月上旬(TANKANESS記事内で発表します)
- はじめて投稿する方は投稿ルールを必ずご確認ください。
応募フォームに筆名、メールアドレス、短歌を記載のうえご応募ください。
<注意事項>
- 未発表の自作の短歌に限ります。(掲載された短歌は既発表作品となります。)
- 1人3首まででお願いします。(1つの応募フォームで3首まとめて応募が可能です)
いただいた歌は、すべて選者(橋爪志保)が目を通して選をし、上位者の歌とコメントを発表します。
また、入選作のなかから最もよかった短歌を「特選」とし、短歌に関する素敵なグッズをお送りいたします。
そこのあなた、あなたの短歌をわたしに読ませていただけませんか?
この記事を書いた人
橋爪志保
2013年に作歌を始める。京大短歌を経て、現在は同人誌「羽根と根」所属。第二回笹井宏之賞にて永井祐賞受賞。2021年4月に第一歌集『地上絵』上梓。Twitter @rita_hassy47
note https://note.mu/ooeai
通販 https://hassytankashop.booth.pm/
自選短歌
I am a 大丈夫 ゆえ You are a 大丈夫 too 地上絵あげる