みなさんこんにちは、橋爪志保です。ずいぶんと暖かくなって、桜も咲いて、気分はすっかり春です。新型コロナウイルス等でたいへんな時期かもしれませんが、今年度はすこしでも良い年になればいいですね。
さて、今回は第1回~第4回同様、題詠でした。お題は「気」。読み込み必須というやつで、歌の中に必ずこの字が入っていないとだめ、というものです。
今回、前回の倍くらいの投稿があったのですが、なぜでしょう、まったくその理由がわからなくて、ただただ驚いています。ともあれ、今回も、ご投稿くださったすべての方に、心よりお礼申し上げます。ありがとうございます。
それでは、特選1首、秀逸2首、佳作3首をご紹介します。
橋爪志保
2013年に作歌を始める。京大短歌を経て、現在は同人誌「羽根と根」所属。第二回笹井宏之賞にて永井祐賞受賞。2021年4月に第一歌集『地上絵』上梓。Twitter @rita_hassy47
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通販 https://hassytankashop.booth.pm/
自選短歌
I am a 大丈夫 ゆえ You are a 大丈夫 too 地上絵あげる
階段歌壇 第11回 題詠「気」総評
特選1首
回送のバスの速さを見て少しわらって帰る空気になった/戸似田一郎
「回送のバス」っていうのは、調整のために、たとえば車庫から車庫へ走らせてるバスですね。まっぴるまとかにはあまり走っていなくて、夜遅い時間帯によく見かける印象があります。夜遅いから道もそんなに混んでなくて、さらに乗客ものせていないから、たしかにあれって、けっこうなスピードで走っていますよね。
「少しわらって」というのが、その「バス」の速さを見て「わらっ」たのかどうかは定かではありません。さらに「わらっ」たから帰る空気になったのか、と言われてみるとそこもそうではない可能性があります。
回送のバスを見る→(何か話の流れで)少しわらう→(わらいが止んで)帰る空気になる、という時間経過をただ並べただけかもしれませんから、そこは慎重になる必要があると思います。でも、どっちともとれそうだし、どちらとも断定できないような微妙な雰囲気も伝わります。
それでも、とりあえず、まずは因果関係があるというほうの読みをしてみましょう。
「うわあのバス、はやっ」「ほんとだ、はやっ」「くすくす」みたいな刹那的でどうでもよい話題でわらうには、きっとそれまであまり会話は盛り上がってなかったのだと思います。歌の現場にいる人々の関係性まで、そこには見て取れるようです。また、「わらう」というアクションがあると、ひと段落つく感じというのはよくわかります。ひと段落つくと、「帰る空気」になるというのもまたしかりです。しかも「わらう」というプラスの感情で会うのを終わらせたいという気持ちもよくわかります。
因果関係のない読みだと、先述のとおり、時間に沿ってできごとを並べた歌として読むことができます。そうすると、「少しわらって」とかの書き方の不十分さがぶっきらぼうでなんだか心地いいです。様子をただ羅列しただけなのに、情報の濃度が適切であるから、美しい。
でも、因果関係のあるなしなんて、そのときの絶妙な空気感を前にすれば、どうでもいいことなのかもしれません。
とにかく、誰もが経験したことのあるような、「帰る空気」になる直前の心の機微を、歌にすることによってほの明るく照らしたのがこの作品だと思います。良質な物語の断片を読んでいるかのような気持ちにもさせられました。
あとは、「速さを見て」、という書き方も、本来は「速いバスを見て」なんでしょうけど、圧縮がちょっとおもしろいです。
秀逸2首
「雨ふっていたかどうして気になるの?」辞めそうな子が可愛くて見る/窪田悠希
「雨ふっていたかどうして気になるの?」という発言は「辞めそうな子」がしたのだと、わたしは読みました。
外の天気が、小ぶりの雨か、それともぎりぎり降っていないかのときがまず場面設定としてあるんじゃないかと思います。屋内にしばらくいた人が、さっきまで外にいて屋内へ入ってきたばかりの人に対して「今、来るとき、雨降ってた?」と聞くことがありますよね。「いい天気ですね」とか「今日風強いですね」などなど、天候にかんする、まあ世間話といってよいでしょう、そういうものの類の延長です。「傘を差さないといけない足元の悪い中すみません」的なニュアンスを付け加えるときのために尋ねられる場合もあります。
つまり、この歌の「雨ふっていたかどうして気になるの?」というのは、この、「今、来るとき、雨降ってた?」に対する返事だと、わたしは読みました。
でもこれ、変な返事です。ふつう、「雨降ってた?」に対する返事は、「ちょっとだけど降ってたよ」とか「止んでるときを狙ってきたよ、セーフ」とか、そういう、相手の質問に素直に答えるものだからです。なぜかというと、それはちょっとした世間話や、会話の導入に他ならないからです。「どうして気になるの?」と聞かれたら、わたしだったら「えっ……」と困ってしまうと思います。
このような会話が行われた理由としては、この返事の発言者――「辞めそうな子」が不思議な性格だったとか、それとも、主体が何度も雨についてたずねたり、いきなり「辞めそうな子」にたずねたりしたとか、いろいろ考えられるでしょう。でもいずれにせよ主体と「辞めそうな子」は、コミュニケーションがとれていないようです。ディスコミュニケーションの歌として、いいところを突いているなと思いました。
そもそも「辞めそうな子」って変な言葉ですね。でも、なんとなく「もうすぐ会社またはバイトを辞めそうな後輩」とか、そんな風にとりました。ちょっと雑な省略っぷりが気になりもしますが、でも上司とか先輩にとって(仕事場の構成員がたくさんいる場合は特にですが)、「辞めそうな子」って「辞めそうな子」以上でも以下でもないですよね。
「可愛くて」は、ルックスが可愛い、とかではなく、ディスコミュニケーションっぷりが余って可愛い、みたいな感じで読むといいと思います。「可愛くて見る」という「即!」な感じも、おもしろくていいなと思いました。
と、全体的に迎え読み気味で解読してみました。情報の少なさと読後の心地よさをもう少しコントロールできれば、さらによくなるような気がします。
とくべつな子としてもらう富士山の空気を飲めば鎖骨から雪/城崎ララ
「とくべつな子としてもらう」の意味は断定できませんが、何か過剰な感じがしますね。ヴェルタースオリジナルというキャンディのテレビCMで、「こんな素晴らしいキャンディをもらえる私はきっと特別な存在なのだと感じました」というナレーションがあったはずですが、あれをすこし彷彿とさせます。
「富士山の空気」をもらうというのも、もらうものの種類としてなんだか変です。「もらう」と書くと、物質としてハイと渡されるような感覚があるので、対象が「空気」だと変な感じがするのだと思います。だから、富士山に行ってそこで吸うというわけではなさそうな雰囲気があります。お土産品として、特別な観光地や特定の時期の「空気」がつめこまれた缶詰みたいなのが売っているのを見たことがありますが、そんなものなのかもしれません。もらってどうするの?みたいな気持ちもぬぐえませんが、富士山は日本でいちばん高い山で、「とくべつ」感はとてもあります。
そして、吸う、ではなく、「飲めば」なんですよね。「飲」むというと、液体っぽいのでちょっと違和感がありますが、空気を意識的に吸う時って、たしかに「飲」むに近いのかもしれません。
「鎖骨から雪」という表現にもおどろきがあります。「から」と言っているので、人体の鎖骨のある場所あたりから、吹雪のように雪と風がふき出るような、外から見たイメージもありますし、鎖骨から雪が降り、身体のなかへと雪がしんしん降り積もる内的イメージの世界っぽくもあると思います。富士山には雪が積もっていることが多く、雪との取り合わせは印象的ですが、この歌からは、既存の雪と富士山の組み合わせ方を壊しにかかるような力が感じられました。
この歌は、共感よりも驚異のほうに針が大きく振られているように感じます。
佳作3首
関係ない話を聞いている僕からいくつもいくつも気球は飛び立つ/SAMIDARE
「関係ない話」を聞くとき独特の、完全に上の空でもないんだけれど、でも集中でもない、あの微妙な感覚をよく捉えた歌だと思います。頭の上にハテナマークを浮かべている、みたいなことの延長として、プカプカ浮かぶ気球がある。本物の熱気球だと、もっと豪快に飛ぶ感じがあるのでしょうけど、ここはあくまでもコミック的なユーモアをベースに歌が完成されています。「いくつもいくつも」のところのひょうきんさに、愛嬌を感じますね。ちょっと上の句の韻律が悪いのが気になりました。
学校に行きたくはない気球通だったら遅刻許されたかな/遙禽すみ
バス通(バスで通学)、電車通(電車で通学)、と同じような語として、「気球通」があるのですね。たしかに気球は天候に激しく左右される乗り物なので、遅刻、許されるかもしれません。気球って、乗り物なのにどこかへ行くことを目的として利用されることがあまりないというか、大体日本での気球の使われ方って、「気球に乗ること」そのものが乗る目的ですよね。
そこを逆手にとって面白さが演出されていると思いました。ただ、初二句の「学校に行きたくはない」が表現として効果的かは、ちょっと微妙です。
ざきちゃんの姓が変わったもういない山崎の「ざ」に祈りの気配/五感
結婚などで姓、つまり苗字が変わることが人間はときどきあります。しかし、そのことを「もういない」と書くと、ちょっと不思議な感じがしますね。その人がいなくなることはないのに、まるで「山崎」さんが消えて、新しい人間、たとえば「田中」さんが出現した、みたいな感覚として、姓の変化を捉えている感じでしょうか。
「ざきちゃん」というあだ名はずっと変わらずあることからも、名前というものの奇妙さに触れた一首となりました。「祈りの気配」はちょっとまとめにいっちゃった感じがして、少しもったいないかな。
まとめ
以上です。掲載された方、おめでとうございます!素敵な歌をありがとうございました。
今回から、特選の方への景品がリニューアルされています。歌作に役立つ文房具や、短歌の楽しいグッズをお届けすることになりましたので、どうぞお楽しみに。
それでは、次回のおしらせです。次回も引き続き読み込み必須の題詠となります。楽しみながら作ってみてください。
第12回階段歌壇 募集要項
- 題 「体」(詠み込み必須:短歌の中に必ず「体」という漢字を入れてください)
- 応募期間 2021年4月5日〜25日
- 発表 2021年5月上旬(TANKANESS記事内で発表します)
応募フォームに筆名、メールアドレス、短歌を記載のうえご応募ください。
<注意事項>
- 未発表の自作の短歌に限ります。(掲載された短歌は既発表作品となります。)
- 1人3首まででお願いします。(1つの応募フォームで3首まとめて応募が可能です)
- はじめて投稿する方は投稿ルールを必ずご確認ください。
いただいた歌は、すべて選者(橋爪志保)が目を通して選をし、上位者の歌とコメントを発表します。また、入選作のなかから最もよかった短歌を「特選」とし、短歌に関する素敵なグッズをお送りいたします。
そこのあなた、あなたの短歌をわたしに読ませていただけませんか?
この記事を書いた人
橋爪志保
2013年に作歌を始める。京大短歌を経て、現在は同人誌「羽根と根」所属。第二回笹井宏之賞にて永井祐賞受賞。2021年4月に第一歌集『地上絵』上梓。Twitter @rita_hassy47
note https://note.mu/ooeai
通販 https://hassytankashop.booth.pm/
自選短歌
I am a 大丈夫 ゆえ You are a 大丈夫 too 地上絵あげる