こんにちは、橋爪志保です。この連載では雑誌「現代短歌」に掲載されている宇都宮敦さんの作品を鑑賞していきます。またしても今回、かなり遅れてしまいました。次の次の号がもう出ているというのに!!ごめんなさい!!
『現代短歌』2021年11月号は現代短歌社の公式サイト等からまだ入手できますので、ぜひぜひ記事と一緒に読んでみてください。今回は第七回、「ミルキー」24首、見ていきましょう。
橋爪志保
2013年に作歌を始める。京大短歌を経て、現在は同人誌「羽根と根」所属。第二回笹井宏之賞にて永井祐賞受賞。2021年4月に第一歌集『地上絵』上梓。Twitter @rita_hassy47
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自選短歌
I am a 大丈夫 ゆえ You are a 大丈夫 too 地上絵あげる
腹巻
キーを回せばふるえるドリンクホルダーのカップに腹巻をしたコーヒー
「キー」というのは車の鍵のことでしょう。
車のエンジンがかかって、ドリンクホルダーがぶるぶる小刻みにふるえるという、景としてはとても些細で小さなところの描写ですね。なんとなく、「キーを回す」とかいう描写や、ふるえる描写をあえて書くところからして、クラシックカーのような、古い車のような感じもします。最新電気自動車みたいなのではなさそうです。
「腹巻」という言葉に、おおっとなります。「腹巻」というアイテム自体はちょっと古風というか、ダサいというか、お洒落度と防寒を天秤にかけた場合完全に防寒に振り切っている潔いアイテムという印象です。でもここが、クラシックな車の印象とからまって、よい効果が出ているように思えます。
もちろん「腹巻」というのは比喩で、人間の腹巻ではなく、あのチェーン店のコーヒーショップとかで出される使い捨てのカップに巻かれている紙のことですが、古いものへの渋さといなたい感じ、新しいものが身体になじんでいく感じ、どちらも伝わってきてぞわぞわします。
造語のおおらかさ
くちドラムで伝えるこころ 伝わらない 胸元のボウリングピンの刺繍
まず、「くちドラム」という造語が、的確であることに驚きます。「ドラム」という語彙選択がいいですよね。これ、「ボイスパーカッション」とか、「ヒューマンビートボックス」とかとはわけがちがうんです。ああいうのを「くちドラム」と言っているわけではないと思います。
このつたない造語が表しているものは、きっと同じくつたないものなんだろう、と予測がつくからです。きっとその名の通り、声でドラムロールを真似たりする様子のことだろうと推測できます。「だかだかだかだか……だん!」みたいな結果発表の前の効果をセルフで言ったりしているところなのかな。
そしてそんな「こころ」は「伝わらない」。伝わらないということに、得体の知れない美しさを感じます。刺繍は、服のアクセントがわりになっているものかと思いますが、歌のアクセントのようにもはたらきつつ景を固定しています。
月のコンビニスイーツ
月とコンビニしかない 月のコンビニで月のコンビニスイーツを買う
なんとなく、夜なのだろうな、と推測します。ちょっと開けたところにどんとコンビニだけある、みたいな郊外のまちで、見上げると、おそらく満月に近い、印象のはっきりとした月がある。その光景を過剰に「月とコンビニしかない」と言い張ってしまうテンションに、すごく共鳴します。
字空け以降は、たとえば「月面上のコンビニで」みたいなSF思考で読んでもいいかと思いますが、月とコンビニしかないようなこの場面では、「月のコンビニ」という圧縮のかかった言葉で表すテンションにも難なくついていけそうな気がするのです。
月は明るく、コンビニはもっと明るい。その光のなかで、ほんの少しのほほんと浮遊した、そんな気分で買うスイーツを、「月のコンビニスイーツ」と言ってしまうことは、同じく難なくできることのような気がするのです。
社会的負荷からの解放
誕生日が同じ有名人なら東武動物公園のシロサイのエマちゃん
自分と同じ誕生日の有名人が誰なのか、ネットで検索してみてみたりすること、あるかと思います。
芸能人だったり、歴史上の人物だったり、キャラクターだったりして、でもそのそれぞれにちくりと痛む、失われるものがあるような気がしています。暴力性と言うのは言い過ぎかもしれませんが、「同じだったらだから何なんだ」「別に偉くも才能を持ってもいない自分が」「ちょっとはしゃいじゃって、恥ずかしい」みたいな負の感情がちくちくするんです。でも、この歌ではそのちくちくをきれいに回避しています。
まず、シロサイのエマちゃんは、有名でもないし(有名な動物、というのは確かに存在します。レッサーパンダの風太くんとか、ちょっと古いですか?)、そもそも人でもないです。そこにちょっとこの主体へのツッコミが入る。
でも、そのあと、「いや、この人のなかでエマちゃんが『有名人』であるなら、それはそうなんじゃないか」みたいな訂正をかけたくなります。そこで、『有名人』という言葉にかかった社会的な負荷みたいなものから、われわれ読み手は解放されるのです。
構図のよい絵
建立といえば大仏 草いきれ 夏の底から見る夏の空
「建立といえば大仏」という事実に異論はありませんが、ふしぎです。まず「建立」という単語が単独で出てきて、「~といえば」みたいなフレーズにつながっていくことってあまりないような気がします。でも、このフレーズを「大仏が建っているなあ」の言い換えくらいに考えて読んでみると、ずっとこのフレーズのほうが身軽で、楽しいものになっていることに気がつきます。
大仏を見ているから、視線は上を向いている。草いきれの熱気とにおい。「夏の底」という言葉の詩情にぐっときます。夏が大きなうつわのようなものになっているような、地面がまるで「底」として働いているような。構図のよい絵を見ているような気分にさせられます。
おわりに
いかがだったでしょうか。
連作の歌を全部読みたい!という方は、ぜひ「現代短歌」11月号を読んでみてください。
一部の書店または現代短歌社の公式サイトから購入できます。
それではまたお会いしましょう!
この記事を書いた人
橋爪志保
2013年に作歌を始める。京大短歌を経て、現在は同人誌「羽根と根」所属。第二回笹井宏之賞にて永井祐賞受賞。2021年4月に第一歌集『地上絵』上梓。Twitter @rita_hassy47
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通販 https://hassytankashop.booth.pm/
自選短歌
I am a 大丈夫 ゆえ You are a 大丈夫 too 地上絵あげる