こんにちは、橋爪志保です。この連載では雑誌「現代短歌」に掲載されている宇都宮敦さんの作品を鑑賞していきます。今回は最終回。またしても結構な遅れをとってしまいました、すみません!!!
『現代短歌』2022年3月号は現代短歌社の公式サイト等からまだ入手できます。ぜひぜひ記事と一緒に読んでみてください。今回は第8回、「マテリアル」24首、見ていきましょう。
湯舟からコンビニ
雪のなか風呂からあがって髪の毛を凍らしながらコンビニに行く
「雪のなか」は「あがって」にかかるのでしょうか。「行く」にだけかかると読んでもいいかもしれませんが、露天風呂っぽさが出る前者の読みを採用したくなります。
濡れたままの髪でコンビニに行くという都市的なダウナーな生活と、「凍らす」ほど寒いの!?という驚きがやんわり絡み合います。髪の毛がを凍らしながら、とは言いつつ、本当にパリッパリに凍るのではなく、こごえるほど寒い、の形容だよね、いやいやわたしの考えが及ばないほど寒い地域のコンビニのことをさすのだろうか、などと思考がうろうろするなか、どこか漫画的な「凍った髪の毛」も想像してしまいます。
風呂からあがって、の感じが、湯舟からザブンと上がる感じを思わせるので、服すら着ていないような印象もあって、そんなはずないのに、となんだか笑けてくる一首です。
とぶ
一万とんで二千円の とんでねえよ でもとばしたい臨時収入
ぶはっ、と笑ってしまった一首です。たとえば一万とんで八百円、とかなら、「とんで」いますよね。あの、金額とか数字途中の位にゼロがあることを、たまに「とんで」というのはわかるんだけど、よく考えるとちょっとおかしな言い方です。数字を伝達するとき間違いを防ぐために「とんで」と言ったりするんだろうけど……。
でも、「とぶ」というのは、「飛行機がとぶ」とか「かえるがとぶ」とか「記憶がとぶ」とか「クスリでとぶ」とか、ちょっと上昇的な思考というか、ハイになるというか、そういう意味がついてまとう単語だと思うので、「とばしたい」気持ちはよくわかります。「臨時収入」への欲望って、「高額であってほしい」とか「存在してほしい」ならわかるけど、「とばしたい」は、また別のベクトルの望みで、なんだかうきうきします。
夢の時間とはなにか
残された夢の時間はゆっくりとさよならを言うために使おう
連載の最終回でこんな歌が途中に出てきたら、ジーンときてしまいます!歌意はとりやすい歌ですが、「夢の時間」が何のことなのか、「さよなら」を誰に言うのかはわかりません。でも、かんたんな言葉を使われれば使われるほど、なんだか大事なことのように思えてくるこの気持ちは、何なのでしょう。
「夢の時間」は、たとえば、楽しい青春時代や、素晴らしい飲み会や、ましてや光り輝くテーマパークでの時間などのような、限定的なものではないと思います。いえ、限定的なものをさすことはさすんです。でも、それが、人生そのもののことであるような兆しとともに読まれることによって、この歌が最大の人生賛歌として、めいっぱいに効果を発揮するのです。
味が好き
味が好きで飲むレッドブル 疲れてるわけでは 風に電線が鳴る
レッドブルとはエナジードリンクなわけで、疲れていたりシャキッとしたいときとかに飲むものです。だいたいの飲食物って味が好きだから飲み食いするものですが、エナジードリンクは薬のように効果のほうを期待して飲むこともあります。
でも、ここでは違う。わたしは効果のほうばかり期待してよくエナジードリンクを飲むので、「味が好きで」ものを飲み食いすることって、実はなかなかにしあわせな行為なんだなあとこの歌で気づかされました。
この歌は字空けが2つあり、歌が三分割にされています。この効果はすでにいろいろな人があらゆる評で述べていることだとは思うのですが、わたしはこの歌では、漫画のコマ割りに思いをはせました。字空けのない歌のように時間をぬるっと書くのではなく、違う絵を、構造を意識してならべることによって、歌の空間の奥行きを描くという演出です。
ネコがもしも洗濯機だったら
ネコの寝息がとおくの洗濯機のようで洗濯物は洗うほど毛だらけ
遠くとはいえ、洗濯機の音のような寝息って、けっこう凄まじい音です。あまりかわいくはないかもしれない。でも、それがネコと暮らしているひとのリアルなんだろうな、と思わせられます。(洗濯機ってウィーン、ウィーン、と規則正しいリズムで鳴ることがあります。よく考えると、洗濯機のほうが生き物っぽいかもしれませんね。)
にしても、「洗濯物は洗うほど毛だらけ」だなんて、なんだかおかしいです。普通の洗濯機なら逆に毛は落ちるはずですから。「ネコがもしも洗濯機だったら」という空想がこの歌のまんなかあたりに挿入されているのでしょう。そして、わたしたちは、歌を読んで数秒後我に返ります。「ネコがもしも洗濯機だったら!?!?!?」とそのへんてこな空想に時間差で驚くのです。
おわりに
いかがだったでしょうか。
連作の歌を全部読みたい!という方は、ぜひ「現代短歌」3月号を読んでみてください。一部の書店または現代短歌社のサイトから購入できます。
今回は連載の最終回です。宇都宮さんの歌が毎回とても面白かったおかげで、この評の連載も続けてこられました。書くことに悩んで、だいぶ更新が遅れてしまったこともありましたが、無事完走できてよかったです!!宇都宮敦さん、本当にありがとうございました!そして、読んで下さったかたも、ありがとうございました!
この記事を書いた人
橋爪志保
2013年に作歌を始める。京大短歌を経て、現在は同人誌「羽根と根」所属。第二回笹井宏之賞にて永井祐賞受賞。2021年4月に第一歌集『地上絵』上梓。Twitter @rita_hassy47
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自選短歌
I am a 大丈夫 ゆえ You are a 大丈夫 too 地上絵あげる