「おすすめの短歌の本を教えて」と言われたらどう答えますか?
相手の好みを聞いたうえで答えることもあるでしょうし、「好きだけど絶版だからこの歌集はやめておこう」「好きだけど個人通販でしか買えないから大きな書店で買える本をすすめよう」「有名すぎて知っているだろうからこの本はやめておこう」と思うこともあるかもしれません。
この企画はそういった条件は全く気にせず、とにかく「本ッ当に好きな 短歌の本」についての思いを書いてもらうリレーエッセイ企画です。
第17回は宇野なずきさんです。
「オールナイト虚無」という、かつて存在したネットラジオをあなたは知っているだろうか。知らないか。10年以上前の番組なので知らなくても無理はない。
ライター・作家などで活躍しているダ・ヴィンチ・恐山氏と、青森の言葉遊びモンスターことにぅま氏がパーソナリティを務める、Ustreamで隔週金曜日に配信していた番組だ。
※Ustream:昔そういう配信のプラットフォームがあった。よく不具合を起こしていたのでリスザルが運営していると言われていた。
オールナイト虚無では視聴者から投稿を募り、それをパーソナリティの2人が紹介するという形式を取っていた。その中には「自由律虚無俳句」という適当な文章を募集するコーナーがあり、僕も頻繁に投稿をしていたのだが、同じ投稿者の中に一際異彩を放つ存在がいた。
木下龍也だ。
彼は番組の最初期から、何度も自由律虚無俳句のコーナーで採用されていた。
※当時の配信の様子
その独特な投稿から注目を集めていた木下龍也だったが、やがて短歌を詠む「歌人」であることが発覚する。短歌を詠む人のことを「歌人」と呼ぶのはそのとき初めて知った。
当時の僕は短歌について「俳句みたいなやつ」「なんか雅なやつ」ぐらいの認識しかなく、よく分からないがすごいことをやってるんだな〜と思っていた。最近は色んなメディアで短歌を目にすることも少なくないが、当時は普通に生きていて短歌に触れることなど無いに等しかった。
彼が本を出していることを知り、それがどんなものなのか見てみたくなった僕は、「つむじ風、ここにあります」を購入するに至った。これが今後10年以上も短歌と付き合い続けるきっかけになるとも知らずに。
懐で暖めていたグミがない信長様に蹴られてしまう
カーペット味と表現したいけどカーペット食べたことがばれる
/木下龍也『つむじ風、ここにあります』
読んで思ったのは、「短歌ってこんな感じでいいんだ」だった。短歌はもっと和っぽいやつで、難しい言葉を使う、敷居の高い文化だと思っていた。なので、現代口語短歌の軽さに驚いてしまった。上記のようなしょうもない短歌たちは自由律虚無俳句を彷彿とさせ、「短歌で笑う」という経験を初めて味わった。
鮭の死を米で包んでまたさらに海苔で包んだあれが食べたい
雑踏の中でゆっくりしゃがみこみほどけた蝶を生き返らせる
/木下龍也『つむじ風、ここにあります』
そして、その世界の切り取り方に衝撃を受けた。日常から一瞬を抽出し、短歌という制約のある形に変える。それまでの自分には、おにぎりを分解して描写したり、靴紐を結び直すことを「蝶を生き返らせる」と表現する発想がなかった。
木下龍也の短歌には、ちょうどぴったりハマる箱に言葉が収まるような気持ち良さがある。歌集のページをめくっていくうちに、短歌という創作を自分もやってみたいと思い始めていた。その面白いやつを俺にもやらせろ、と。
天井の染みに名前を付けている右から順にジョン・トラ・ボルタ
あ 殺してやろうと思い指先で押した ガラスの外側にいた
/木下龍也『つむじ風、ここにあります』
木下龍也の出演する配信で短歌を募集しているのを知り、初めて短歌を詠んだ。それはTwitterのツイートや大喜利の回答のようで、作るのが楽しかった。短歌という創作は、長い文章を書くのが苦手な自分に合っている気がした。(長い文章を書くのが苦手なのでこの記事も苦しみながら書いている)
その後、オールナイト虚無が最終回を迎えてからも短歌を続け、先日「願ったり叶わなかったり」という歌集を出版した。まさかここまで続けることになるとは思わなかった。オールナイト虚無には「見たあと何も残らない!」というキャッチコピーがあったが、こうやって確かに残ったものもある。
木下龍也が短歌業界に与えた影響は大きい。宇野なずきを誕生させたのだから。なので僕は他人に歌集を勧めるとき、「つむじ風、ここにあります」や、他の木下龍也の歌集を紹介している。宇野なずきのような天才が増えれば、短歌業界はもっと活発になっていくだろう。
この文章を書いた人
宇野なずき
インターネットを中心に活動している歌人。2024年6月20日にメジャーデビュー歌集「願ったり叶わなかったり」を刊行。いつもアイドルのゲームばかりやっている。
X(旧Twitter):@unonazuki
自選短歌
僕だけがインターネットの亡霊で他のみんなは居酒屋にいる
今回紹介した短歌の本