本ッ当に好きな短歌の本 教えてください〜ショージサキ編〜

エッセイ

「おすすめの短歌の本を教えて」と言われたらどう答えますか?

相手の好みを聞いたうえで答えることもあるでしょうし、「好きだけど絶版だからこの歌集はやめておこう」「好きだけど個人通販でしか買えないから大きな書店で買える本をすすめよう」「有名すぎて知っているだろうからこの本はやめておこう」と思うこともあるかもしれません。

この企画はそういった条件は全く気にせず、とにかく「本ッ当に好きな 短歌の本」についての思いを書いてもらうリレーエッセイ企画です。

第8回はショージサキさんです。

 

中学生の頃、短歌創作の授業があった。

しかし当時の私は短歌を作るのが嫌で嫌で仕方がなく、嘘寝して授業時間をやり過ごした。
今でも覚えている。<サバンナの象のうんこよ聞いてくれだるいせつないこわいさみしい/穂村弘>の後半を変えてみよう!という付け句の授業だった。
今思うとド田舎の授業にしてはなかなかチョイスが良いのでは?となるが、自分の言葉で表現して、それを誰かに見せるなんて勘弁してほしいと思った。黒板にたくさんのうんこの続きが貼られていく中、私は無視を決め込んだ。

そのように短歌創作が苦手だった私が「本ッ当に好きな短歌の本」として挙げたいのは、自分が短歌を始めるきっかけとなった枡野浩一さんの本だ。

短歌ふて寝事件(仮)と同時期に、夏フェアで紹介されていた短歌紹介のエッセイ本をたまたま読み、そこに掲載されていたのが枡野さんの短歌だった。著作の1つである『ドレミふぁんくしょんドロップ』枡野浩一(実業之日本社)を読んでみた。

五年後に仕返しされて殺される覚悟があればいじめてもよい

思い出をつくっておこう 寝たきりの老後に夢をみられるように

/枡野浩一『ドレミふぁんくしょんドロップ』

話し言葉のような淡々としたテンションで語られる、シニカルな言葉たち。でっかい針みたいだなと今でも思う。どの歌も言葉のひっかかりがほとんどなく、だからこそ、そこに描かれた心情や風景がストレートに頭に思い浮かび、脳みそをひっくり返されたような衝撃を受けた。

同書は2022年『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである 枡野浩一全短歌集』枡野浩一(左右社)とタイトルを変え、全集として出版されている。

ただ、おそらくそれだけでは私は今短歌を作っていなかっただろう。枡野さんの本当にすごいところは自分の短歌の手法を「かんたん短歌」と名づけ、メソッド化したところだ。

『かんたん短歌の作り方』枡野浩一(ちくま文庫)は雑誌連載を元に刊行された【簡単な言葉だけでつくられているのに、読むと思わず感嘆してしまうような短歌】を目指した短歌創作の入門書だ。
【あくまで五七五七七で!】【いつもの言葉づかいで!】【嘘をついてでも面白く!】といった基本を元に、枡野さんが読者の投稿した短歌を取り上げて批評していくスタイルとなっている。
サバンナのうんこは別として、短歌ってふんわり詩的なものや昔の言葉を使って書くものだと思っていたので、そのフラットな「短歌らしからぬ」ルールに驚いた。

他にも【自分の顔に似合わない短歌は、つくらないようにしましょう。】【「笑える出来事をそのまんま書けば笑える短歌になる」というのは、よくある誤解です。】【自分と同じ経験をしていない人にこの表現は通じるか? と、常に自問してください。】など、枡野さんの表現のルールは一見すると厳しく響くかもしれない。
しかしその真摯さが枡野さんの短歌を読んだ時の言葉の突き刺さり方を体現していると思うし、きっぱりとルールを提示してくれることが自分にとっては心地良かった。

今すぐにキャラメルコーン買ってきて そうじゃなければ妻と別れて/佐藤真由美

ゴミの日のゴミのとこにいるノラ猫はゴミじゃないと思うバスの中から/脇川飛鳥

営業を終えた車中でスネ夫から自分に戻るために聴く歌/柳澤真実

『かんたん短歌の作り方』

巻末には常連投稿者が寄稿した短歌連作も掲載されている。かんたん短歌のメソッドを踏まえつつ、どの歌人もまた別の魅力を持っている。

自分の気持ちを表現したくないと思っていたけれど、それはただ言葉に落とし込む方法を知らなかっただけだと今は思う。
うすぼけたモヤのような短歌のイメージが、読み返すごとにくっきりと質量を帯びたものに変化していき、そのうち縦にしたノートに少しずつ短歌を書き溜め始めていた(他人に短歌を見せることになるのはずいぶん後のことになるけれど)。

短歌のセンスがある人なんて、山ほどいるしこれからも現れると思うけど、私はきっと『かんたん短歌の作り方』を読んでいなかったら短歌を作らなかったと思う。おそらく他の誰の指南でもきっとだめだった。

1年ほど前、枡野さんの実質のデビュー連作といえる「フリーライターをやめる50の方法」を見る機会があった。同作は1995年の角川短歌賞で最高得票となったが、最終候補にとどまった。

様々な議論(有り体にいえば面白いけど新人賞としては取れないという内容)が選考会内で起こり、総括で【楽しかったよということで。これ、二作め三作めはありえないでしょう。】【ない。それはもう。】【短歌の長い歴史のなかにこういうのがぽっと入っているというだけのことだ。】と選考委員から断言されていて、令和の時代に読んだ私は見た瞬間笑ってしまった。
予言は外れた。
枡野さんが短歌をずっと続けていてくれたおかげで、2023年の私は短歌を続けていられる。

 

この文章を書いた人

ショージサキ

1992年、新潟県生まれ。結社所属なし。現在東京都在住。
2006年頃、歌人・枡野浩一の『かんたん短歌の作り方』を読んだことがきっかけで作歌を始める。2022年第65回短歌研究新人賞受賞。短歌関連のお仕事募集中。

Twitter:@fabfourcomicall

note:https://note.com/fabfourcomicall/n/n1a5712321235

自選短歌

灯台はLighthouseと訳されて家というより空虚な箱で

今回紹介した短歌の本

  • 『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである 枡野浩一全短歌集』枡野浩一(左右社)

  • 『かんたん短歌の作り方』枡野浩一(ちくま文庫)

参考文献
  • 角川『短歌』(角川文化振興財団)1995年6月号 158p

 

「本ッ当に好きな短歌の本 教えてください」バックナンバー

第1回 榊原紘さん編

第2回 谷じゃこさん編

第3回 藤宮若菜さん編

第4回 虫武一俊さん編

第5回 志賀玲太さん編

第6回 武田ひかさん編

第7回 岡本真帆さん編

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