本ッ当に好きな短歌の本 教えてください〜岡本真帆編〜

エッセイ

「おすすめの短歌の本を教えて」と言われたらどう答えますか?

相手の好みを聞いたうえで答えることもあるでしょうし、「好きだけど絶版だからこの歌集はやめておこう」「好きだけど個人通販でしか買えないから大きな書店で買える本をすすめよう」「有名すぎて知っているだろうからこの本はやめておこう」と思うこともあるかもしれません。

この企画はそういった条件は全く気にせず、とにかく「本ッ当に好きな 短歌の本」についての思いを書いてもらうリレーエッセイ企画です。

第7回は岡本真帆さんです。

 

岡本真帆さんの「本ッ当に好きな 短歌の本」

好きな短歌に付箋を貼りながら歌集を読んでいたら、ほとんどの短歌に貼ることになってしまった。使っていた色の付箋がなくなり、色ごとに決めていたはずの付箋の意味も途中から曖昧になってしまった……。そんな経験がないだろうか。私はある。私にとっては谷川由里子さんの『サワーマッシュ』(左右社)がそんな歌集だ。

風に、ついてこいって言う。ちゃんとついてきた風にも、もう一度言う。

初めて目にしたとき、衝撃を受けた。風のことを、自分と同じく命がある存在として扱っている。この歌の中で主体は、風に対してちょっぴり親分肌だ。もしくは、そういう口調で冗談が言える親しい友人みたいな感じなのかもしれない。言い聞かせるように「ついてこい」と言うところに不思議な親密さがあって、なんだかわくわくするし、羨ましくなってしまう。

からだをもっていることが特別なんじゃないかって、風と、風のなかを歩く
風と陽は部屋に入らずやってきて出てもいかずにいなくなるんだ

風と一緒に歩きながら、自分が「からだをもっていること」が特別だと気付いている。主体にとって風と自分の違いは「からだ」があるかどうか。からだを持たない風や陽は、部屋へ入ってくることも、部屋から出て行くこともなく、近くにいたり、遠くへ行ったりする。

ルビーの耳飾り 空気が見に来てくれて 時々ルビーと空気が動く
お土産を貰って少し置いてから食べた 置いていた場所がさみしそう
ちょっと無理させて曲がった川沿いの道は、太陽 遅れて見えた

主体は風だけでなく、空気や、場所や、道に対しても、親しさを感じている。それは主体からの一方通行な想いというわけでもなさそうだ。自分を取り巻く自然と、心が通い合っている。

多くの歌集は、いくつもの連作が集められて構成されていることが多い。『サワーマッシュ』は「サワーマッシュ」と題された一章しかない。それがかっこいい。はじめから終わりまでサワーマッシュ。どこから読んでもサワーマッシュ。一首一首に均一な魅力があるからこそできる技だ。

おいしい、の手話を覚えた 噛みながら何度もできる みていてほしい
純粋に、みつけられたい ブローチをつけて貰うとき 胸を張る
季節のものを食べていれば大丈夫だよ。それは涼しい味がするから。

使われている言葉は平易で、かつ自然体である。一冊の中で何か劇的なことが起こるわけではなく、心地よい瞬間が続く。涼しい風を感じる。一語で表すとしたら“comfortable”が似合う歌集だ。自分にとって心地よいものが何か、作者が分かっていることが伝わる。何度も見つけるたった一つの月。吹いてくる風。連作という区切りがなくても、そういった自然のモチーフによってリズムが生まれる。「わたしたちの生きている時間」を感じる。

谷川さんの歌は、定型に囚われすぎていない。そこがとても好きだ。

お花見をしたあとくれた双眼鏡は小さくて首からさげられて優れもの
夜をめぐるモノレールいつみてもピークいまこそがピーク進んでいくよ

『サワーマッシュ』には破調の歌がときおり登場する。定型をベースとしながらも、定型の中でうれしさが前へ前へと飛び出すような独特のしらべがある。一首目のたたみかけるような下の句は、軽やかなスネアドラムを思わせ、喜びが伝わってくる。二首目は繰り返される「ピーク」と想いが加速するような句跨がりが特徴的だ。モノレールも、私も、私の気持ちも、呼応するようにぐんぐんと加速していきそうな気がする。

谷川さんの破調の歌は、まるで風のあかちゃんが、定型という部屋の中をはしゃいで走り回っているように思えてくる。うれしい。たのしい。気持ちを全身で表現するように、からだを持たない風が、爽やかに自由に駆けている。風の流れは一定ではない。静かに止んだり、突然つよくなったりする。そのリズムと、さきほどの想いが加速するような字余り・破調はよく似ている。

谷川さんと同じく歌人である私は、かなり定型を意識しているタイプだ。なるべく定型にぴったりと言葉を当てはめて、57577からはみ出ないように言葉を組み立てていくことが多い。定型を守ることは、歌の強度を高めることに繋がる。制限が可能性を広げてくれる。しかし定型を意識しすぎた結果、言葉が窮屈そうに思えてしまうこともある。

谷川さんは定型の中で風になっている。風に話し掛けるように、風のことばでおしゃべりをするように、かろやかに定型を乗りこなしている。『サワーマッシュ』を読むといつも、うずうずと短歌がつくりたくなってくる。読む度に短歌の可能性を感じて、自由な気持ちになれる。作者のその軽やかな身のこなしに、強く憧れている。

「ついてこい」の合図で、私もその散歩についていきたくなってしまうのだ。 

 

この文章を書いた人

岡本真帆

1989年生まれ。第一歌集『水上バス浅草行き』(ナナロク社)を2022年3月刊行。
かつて傘をたくさん持っていたけれど、バスの中に置き忘れたりコンビニで盗られたりして、今は2本しか持っていない。

Twitter @mhpokmt

自選短歌

3、2、1、ぱちんでぜんぶ忘れるよって今のは説明だから泣くなよ

 

今回紹介した短歌の本

  • 谷川由里子『サワーマッシュ』

 

「本ッ当に好きな短歌の本 教えてください」バックナンバー

第1回 榊原紘さん編

第2回 谷じゃこさん編

第3回 藤宮若菜さん編

第4回 虫武一俊さん編

第5回 志賀玲太さん編

第6回 武田ひかさん編

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