「おすすめの短歌の本を教えて」と言われたらどう答えますか?
相手の好みを聞いたうえで答えることもあるでしょうし、「好きだけど絶版だからこの歌集はやめておこう」「好きだけど個人通販でしか買えないから大きな書店で買える本をすすめよう」「有名すぎて知っているだろうからこの本はやめておこう」と思うこともあるかもしれません。
この企画はそういった条件は全く気にせず、とにかく「本ッ当に好きな 短歌の本」についての思いを書いてもらうリレーエッセイ企画です。
第2回は谷じゃこさんです。
谷じゃこさんの「本ッ当に好きな 短歌の本」
短歌を作り始めた頃から、「作るの楽しいわ〜!自分の短歌おもしろ〜!」と行き詰まったり悩んだりすることなくのびのびと短歌とお付き合いしてきました。そんな楽しい短歌ライフをもっと楽しい短歌ライフに進化させてくれたきっかけのお話です。
歌集っておもしろいものもあるけど、ほとんどの歌集は難しくて退屈だと思っていました。古語を訳するんめんどくさいし、ゑとか書かれても読みづらいし。内容も、旅行や仕事といったありきたりなものばっかり。(すべて当時の私の感想です。)
おもろい本はないんかいなと家にあった短歌入門書をぱらぱらとめくっていると、どうも変わった短歌が目に入りました。読み進めると、同じ歌人の別の短歌があってこれまたおもしろい。なにこの人?!と名前をググったら有名な人らしく、しかも本棚に歌集があるやないか。ちなみにうちは夫も歌人なので、歌集がいっぱいあるのです。
その歌集は、奥村晃作さんの『男の眼』(雁書館)。
ポ領マカオのガイドさん言う「顔見ればスリと分かるが言うと殺される」/奥村晃作『男の眼』
三十億補強の巨人負けるべし金の力で勝てると思うな/奥村晃作『男の眼』
「え?こんなんでええの?」というのが最初の正直な感想だったのですが、読み進めるうちに「なんじゃこれ……おもしろすぎる……」とどんどん癖になってきました。
ポ領マカオの短歌の、恐ろしいセリフを短歌で残そうと思ったすごさ。三十億補強の巨人の短歌の、こんな素直すぎる意見を短歌にし、しかも歌集に載せるすごさ。頭の中で特撮の爆破が起こり、これまでの短歌のイメージがどっかーんと吹っ飛ばされるのが見えました。
短歌の主人公=作者として読むことや、自分の短歌がそう読まれることに抵抗感がありました。ところが『男の眼』の短歌は、奥村さん自身の短歌でなければありえないと思わせる説得力のある表現と内容、なによりお人柄の魅力に溢れています。一冊読み終わった頃には、奥村さんという人間のファンになっていました。
好きな歌人を尋ねられたら、真っ先に奥村晃作さんと答えます。18冊歌集を出版されていて、全部読むのが夢です。図書館で読んだりメルカリで買ったりしつつ、今のところ読めたのは12冊。
『男の眼』に出会って以降、短歌を読む楽しみがめちゃくちゃ広がりました。はじめて眼鏡をかけたときみたいにぱああっと。古語でも雰囲気で読んじゃうし、ゑにもだんだん慣れてきた。
紀元前みたいな感じで、奥村以前/奥村以降と呼んでいます。まじで世界が変わったので、奥村以前にピンと来なかった歌集が奥村以降どハマりした、ということもありました。それが田村元さんです。
余談ですが私は鯖が大好きで、鯖が出てくる短歌を収集しています。田村さんの第二歌集『昼の月』(いりの舎)が出版されたとき、飲み屋の短歌が多い田村さんなら鯖短歌もあるんちゃうかなと期待して購入しました。なんと7首もありました。一冊中に7首ですよ。大興奮!
実は田村さんの第一歌集『北二十二条西七丁目』(本阿弥書店)を奥村以前に読んでいたのですが、その時はまったくピンと来ず。2021年に『昼の月』を読むと、メモが追いつかんくらい好きな短歌があるわあるわ。年月が経っているとはいえ、同じ作者なのにこんなに好みが分かれることある?と不思議に思い『北二十二条西七丁目』を読み直すと、いやいやめちゃくちゃおもしろいやないか。
田村さんの短歌は、美味しいものに対する敬意が素晴らしいです。居酒屋の達人、太田和彦さんが居酒屋探訪番組で発する「美味しいねぇ」「うれしいねぇ」のしみじみとした良さに、もうちょっと俗っぽい酒の味わいを足して31音になった敬意が、田村さんの短歌だと思っています。太田和彦さんの居酒屋番組ついつい見ちゃう人は読んでほしい。
〆鯖のひかり純米酒のひかりわが暗がりをひととき灯す/田村元『昼の月』
職場から酒場へ向かふ 西部劇のころがる草のやうな気持ちで/田村元『昼の月』
そんなこんなで、もっと楽しい短歌ライフをエンジョイしている私ですが、万が一短歌を作るのをやめたとしても、読書で歌集を楽しむことは一生続けられそう。私の短歌の実作に影響を与えているかどうかは知らんけど、そんなん全然関係ないところでただただおもしろいからこそ、歌集の本当の楽しさな気がします。
最後に一番好きな奥村さんの短歌を。無敵すぎて好き。
オレは蜂に刺されたことなくこれからも刺される気しないふつうにしてて/奥村晃作『ピシリと決まる』
この文章を書いた人
谷じゃこ
1983年大阪生まれ、大阪在住。短歌のzineを作るなどフリーで活動。『クリーン・ナップ・クラブ』、『ヒット・エンド・パレード』、フリーペーパー「バッテラ」など。鯖と野球が好き。
Twitter:@sabajaco
WEB:http://sabajaco.com/
自選短歌
おすもうさん、トイおすもうさん、ティーカップおすもうさんで三連勝や
今回紹介した短歌の本
- 『男の眼』奥村晃作
- 『昼の月』田村元