「おすすめの短歌の本を教えて」と言われたらどう答えますか?
相手の好みを聞いたうえで答えることもあるでしょうし、「好きだけど絶版だからこの歌集はやめておこう」「好きだけど個人通販でしか買えないから大きな書店で買える本をすすめよう」「有名すぎて知っているだろうからこの本はやめておこう」と思うこともあるかもしれません。
この企画はそういった条件は全く気にせず、とにかく「本ッ当に好きな 短歌の本」についての思いを書いてもらうリレーエッセイ企画です。
第15回は上坂あゆ美さんです。
小説や映画や漫画やあらゆる物語において、「どうしてもグッときちゃうシチュエーション」ってあるでしょう。あなたにも、きっと。
私の場合は、「客観的に見たらかなり辛い状況だが、主体だけは一筋の希望を感じている」みたいなシーン。私はひねくれ者だから、美しいだけの世界を描かれると「嘘じゃん」って思う。事実として世界には戦争があって、格差があって、悪意があって、こんなにも汚いので。だからこそ世界の汚さ、グロさを認めた上で描かれる美しさ、それこそが「マジじゃん」って思う。私は多分、マジなものが見たい。
『死ぬほど好きだから死なねーよ』石井僚一(短歌研究社)はそういう世界のグロさを、認めるだけでは飽き足らずガン見している。
火葬炉の釦は硬し性交の後に生まるる我等を思う
雨上がる竹藪のなかエロ本のごと汚れたる聖書ありけり
私の姉はAV女優だそれも売れっ子だ だからあのカレーの辛さはMAXにする
指先を氷のように尖らせて 精液をそのまま火にくべて
作者にとって世界のグロさとは、性欲/生殖、そしてそこから生まれた自己なのだと思う。この本には性欲や生殖にまつわるモチーフが頻繁に登場するが、決してロマンティックには描かれず、多くが低俗で汚れたものとされている。
汚いものや嫌なものをわざわざ見に行き体当たりしようとするこの感じ、自分にもすごく覚えがある。私がそういうことをするときは決まって、「どうにかして生きたい」ときだった。
神は糞を拭かない公衆トイレから喘ぐように歌わるる讃美歌
神さま、夢はもう見ませんから、重たくて分厚いまぶたを四つください
神様によく似たひとをぶん殴る おい!おれの人生返せよ!
神という言葉も頻出するのだけど、崇拝というよりは茶化すというかイジるというか、そういう姿勢がある。
ただ本書は、自分の感情のごまかしを一切許さないという姿勢があって、読んでいるとその姿勢に信頼すら覚え始めた私がいる。だから面白いからイジっているというよりは、作者にとって神へのリアルな温度がこれだったんだと思う。人は神に祈るときもあれば唾を吐くときもあって、それってすごく人間だ。
手を振ればお別れだからめっちゃ振る 死ぬほど好きだから死なねえよ
具体的には語られていないけれど、「お別れ」は単なる帰宅ではなく今生の別れかもしれないし、もしかして死んでしまうかもしれないと考えたからこその「死なねえよ」な訳だが、そういった状況でも主体にとって世界はまだ輝いている。
お別れだから手を振らないのではなく、めっちゃ振る。本当は手を振っても振らなくてもお別れなのだろうし、死ぬほど好きでも人はいつかは死ぬ。だけど、そういう客観的事実を捻じ曲げるほどの主観の強さがこの歌をマジにしていて、どうしようもなく、美しい。
おれがおまえを抱く おまえはおれを抱く これぞ一石二鳥
生きているだけで三万五千ポイント!!!!!!!!!笑うと倍!!!!!!!!!!
そんなわけない。そんなわけないし、ふざけているようにも見えるのだが、作者は上記の二首、真顔で正気で言っていると思う。それは、この世の汚さグロさを見つめまくって、自意識が絡まりまくって、その上で出した結論がこれだから。
だったら私も一石二鳥で、ポイント二倍で、生きていってみるかと思ったりするのだ。
ちなみに本書は、2024年4月時点で絶版となってしまっている。こんなに素晴らしい本が絶版なんて、やっぱ世界ってクソだったんですか?
短歌研究社さん、どうかどうか再販お願いします!!!!本記事はそのために書きました!!!!!!!!!!!頼む!!売ってくれ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!
この文章を書いた人
上坂あゆ美
歌人、エッセイスト。1991年生まれ静岡県出身。2022年に第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』を刊行。ニッポン放送『オールナイトニッポン0』でパーソナリティを務めるなど、メディア出演多数。
X(Twitter):@aymusk
Podcast「私より先に丁寧に暮らすな」
自選短歌
母は鳥 姉には獅子と羽根がありわたしは刺青がないという刺青
今回紹介した短歌の本
- 『死ぬほど好きだから死なねーよ』石井僚一