平成2年(1990年)生まれの歌人が、「自分自身の29年間を振り返る短歌を詠む企画」、「あなたの29年間は」、今回で最終回となります。
今回も、
・自身の29年間を振り返る境涯詠(短歌20首連作)
・ミニエッセイ
をご紹介します。
山川創
『儀式』
何者もいないところに一人来て一人はやがて二人となった
くもん出版俳句カードが家にあり短歌カードが家になかった
係長だとなんとなく決められてヤクザ企業で運転をする
後ろから数えて二人並んでいた出席簿でも徒競走でも
遠慮なく減らし続けた嫌いなものは減らしてもよいルールの中で
爆撃の始まった日が楽しくて誰かのいない集合写真
音程の狂ったやつが遠足の車内で歌うGLAYの無残
音程の狂ったやつはリーダーの真似事をしてそのままだった
いつの間にか架空のバンドを組んでいた架空のエレキベースは軽い
異世界の呪文のようにジョヴァンニ・ピエルルイージ・ダ・パレストリーナ
合唱部は運動部だという寝言 魚は陸で次々に死ぬ
学生運動の残滓あるいは茶番劇あるいはジユーノタメノタタカイ
信頼の置ける人だけ屋上でともに叫んでよいこととする
暗転の意味を初めて知った日の二玉二百円のうどんよ
九時間のバスと九時間のバスの間に思い出したくない儀式
友人は故人となって友人であったか既によくわからない
結局は睡眠薬を余らせて自室で撮った履歴書写真
終電の日々と映画と小説と再開発の駅の天丼
崩壊をむしろ悦ぶべきだろう教祖の目には映らぬ鼠
降りてくる言葉は最初からなにもない 暗闇に向けマイクを握る
ボディブロー
半生を振り返ってみると、短歌を詠み始める以前にも、短歌に触れる機会はそれなりにあった。国語の授業は言わずもがな。かつて短歌をやっていた父親は、
日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも/塚本邦雄
塩酸をうすめたものが希塩酸ならば希望はうすめた望み/枡野浩一
といった歌をときどき口走っていたので、自然に記憶に定着した。
高校生のとき、SFと漫画ばかり読んでいる時期があったのだが、そんな中でSFレーベルから刊行された笹公人『抒情の奇妙な冒険』を読んだのは、むしろ自然な成り行きだったような気がする。 社会人になって一年目、当時働いていた会社の近くの書店でなんとなく……本当になんとなく手に取った角川短歌で読んだ次の歌が今も印象に残っている。
誰もが誰かを傷付けずにはゐられない季節がきます 傘の用意を/吉田隼人
これらの体験は、私が作歌を始めたことに直接関係しているわけではない。それでも今になって考えると、いろいろなことが遠く響いて、蓄積されて、あるいはボディブローのように効いてきて、今の状態があるのではないかという気がするのであった。
『儀式 』山川創 作者紹介
2016年、作歌を始める。2017年、短歌同人「gekoの会」結成。2018年、「短歌人会」入会。2019年、第5回詩歌トライアスロン受賞。合唱団での担当パートはバリトン。好きな詩人は草野マサムネ。好きな声優は中田譲治。
1990年11月21日生まれ。
Twitter @clonecoyamato
自選短歌
指ですよなにかを殺めるのはいつもなにかを奏でているのはいつも
「あなたの29年間は」まとめ
今回でこの連載は終了です。
同年代の11名の短歌、合計220首とエッセイを通じて、時代の匂いなどを感じ取っていただければ幸いです。
バックナンバー
第1回 神丘風さん、嫉妬林檎さんの作品はこちら
第2回 のつちえこさん、御殿山みなみさんの作品はこちら
第3回 なべとびすこさん、継野史さんの作品はこちら
第4回 山下翔さん、西村曜さんの作品はこちら
第5回 夏山栞さん、山川築さんの作品はこちら
第6回 山川創さんの作品はこちら
お読みいただき、ありがとうございました。