「あなたの29年間は」企画 <1> 神丘風さん、嫉妬林檎さん

企画

今年で29歳を迎える平成2年(1990年)生まれは、30歳を間近に自分の人生見つめ直すタイミングです。

この「あなたの29年間は」企画は、平成2年(1990年)生まれの歌人が、「自分自身の29年間を振り返る短歌を詠む企画」です。

・自身の29年間を振り返る境涯詠(短歌20首連作)
・ミニエッセイ

を隔週月曜日に全6回で連載いたします。

第1回目は、神丘風さん、嫉妬林檎さんの短歌をご紹介します。

神丘 風

『コスモスの森』

初めての家出は三つ町内を出ることもなく呼び止められて

 

台風に恐れを抱くことはなくやはり風の子なのだと思う

 

減反のなぐさめと咲くコスモスの森に埋もれて死ぬ田んぼたち

 

十代の春の必死の固結びほどけないから捨ててしまった

 

さよならの歌の集団墓地として押し入れにあるエムディーケース

 

学食の米がまずくて早々にふるさとのある北を眺めた

 

蛍雪の意味を二十歳になって知る雪の降らない冬の暗さに

 

ここもまた居場所でないと知らしめるような再開発のクレーン

 

帰りたい街の企業に活躍を祈られているだけのモブキャラ

 

地下鉄のくせに地上を走っててメトロはわたしみたいにちぐはぐ

 

五分ぶり六度目きょうは新記録デイサービスでする自己紹介

 

しわの手がわたしを撫でるこの人の娘はどこへ行ったのだろう

 

わたしの名また忘れてねもう二度と思い出さずに長生きしてね

 

祈られた数はひとつでトーキョーはモブも台詞をもらえる街だ

 

健常の人はいいなと泣く人の涙を飯の種にしている

 

うつくしい絵を描く彼は障害者なにはできなくとも健常者

 

暴力や暴言ばかりある人のその目がいつも潤んでいたこと

 

怪物に押しつぶされてかろうじて動いた指で歌を残した

 

寝たきりの夏の記憶にあざやかに残る故郷の高校球児

 

トーキョーを東京と呼ぶやっと呼ぶここもわたしがいてもいい場所

短歌にはなる

冒険や魔法が何より好きだった、本の世界に限定すれば。九歳の教室で形成されたどのグループからも距離を置き、ファンタジー小説ばかり読んでいた。魔法使いが落ちてきた夏、ダレン・シャン、ハリー・ポッター。何度でも呪文を試した暗い教室。

夢は夢、そう割り切って勉学に励み始めたのは中三だ。自称進学校に行き、三年を図書室に入り浸って過ごした。かけがえのない友人を幾人か得た幸運な思春期だった。

勉強はできないなりに頑張ってなんとか大学に滑り込む。自我らしきものが芽生えて、親からの着信を無視しても死なないことを知る。地元秋田のどこからも「欲しい」と言われなかった就活。凡人でしかないことを受け入れたふりで笑った。ひとりで泣いた。

学童の先生、ヘルパー、障害者支援と仕事を渡り歩いているうちに、人に寄り添うやさしさをさほど持たない己を知った。郷愁を募らせつつもこの街で増やし続けた大事なものも手放せず、ゆらぐ帰郷と残京の天秤ばかりを見つめ続けて、結局はトーキョーという街にもう六年もいる。

伴侶ができた。転職は二度、引っ越しも同じだけ。今いる部屋は居心地がいい。映画にはなれないだろうささやかな生活だって短歌にはなる。

『コスモスの森』神丘 風 作者紹介

秋田県秋田市出身。幼いころ百人一首に出会い、中高生時代に「現代誤訳」と称して独自の意訳を始める。その過程で現代短歌にも親しむようになり、自作するようになる。望郷の想いや家族を詠むことが多い。
1990年4月24日生まれ。

Twitter:@kmtrf4

自選短歌

たらちねの母のひとこと欄は「まだ慣れません」のまま五年が過ぎて

 

嫉妬林檎

第二計算機室

 

 

かめはめ波を撃ち合うように始まりの鐘を鳴らした生命として

 

変わりゆくことが恐いよレイくんは今でも足が速くて優しい

 

僕たちは世界に一つだけの花になれるだろうかイラクの空で

 

永遠か幻かはもう知る由もないふたりきりのペナントレース

 

正しさを見失うたび現れる丸をもらえたあの百日紅

 

教科書に記されていることさえも知らないふりをしていれば春

 

18の夏を犠牲にして飲んだブラックコーヒーがまだ残っている

 

できるだけ遠くに行きたいこの町の風はこの頃少し冷たい

 

もういちど生まれるための生活を窓の向こうの黄砂に託す

 

息吸えばわずかに鼻の膨らんでここでは誰も僕を知らない

 

雨降れば海へと変わる町に来て五感をひとつ取り戻したり

 

交わって離れてはまた交わって第二計算機室の灯り

 

そして最後の花火を見送れば秋と夢ならもういなかった

 

将来の夢を尋ねた大人皆行方不明の面接会場

 

こんなにも小さくなった星仰ぐ深夜帰宅の手にカップ麺

 

コーヒーの湯気と紫煙を切り裂いて冬のひかりはサーバ室へ

 

前提が幼馴染の女の子ならばその手をひいてこれたか

 

生きていくためにはこれが必要と言い聞かせている右手の拳銃

 

間違えたとしたらいったいどこだろうNPCになりたいのですが

 

どうしようもない僕だけが右側を走って地上に辿り着けない

 

私の輪郭

自分という人間の輪郭が、おぼろげながら掴めてきたのが、ほんの2~3年前のことだ。この輪郭というのは、就職活動なんかでよく耳にする自分の強みだとかアピールポイントだとかに近くて、でもそれよりもう少し大きな個人の全体像みたいのもの、個性というよりは個のようなものだ。

それまでのおおよそ25年間は、周囲のものを見て体験し、何かをはじめて何かをやめて、自分を構成するものを選別するのに費やしていた。私が努力してできるようになったことを他の人たちは当たり前のようにできるんだと、高校生くらいまでの私は本気で思っていた。大人たちはそれこそ何でもできるんだと、疑っていなかった。でもそんなことはなかった。

他人より得意なことが私にもあると気がついた。誰がどんな長所を持っていてどんな人なのか少し分かるようになった。一番になれるのは一人だけだけど、自分のことを知ることは誰にでも可能だ。29年かかってようやくここまでこれたなぁなどと思う私の輪郭の先端だった。

『第二計算機室』嫉妬林檎 作者紹介

基本的にはひとりでいるのが好き。短歌と俳句と切り絵と写真なんかを中途半端にやっています。
1990年6月16日生まれ

ブログ:「りんごは空を飛べない

Twitter:@shitto_ri_ngo

自選短歌

痛みからいちばん遠い場所にいるあなたと明日を迎えにゆけば

次回予告

次回は9月30日(月)の公開を予定しています。

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