オンライン歌会をやってみよう!〜TANKANESS ZOOM歌会の記録〜

企画

みなさんこんにちは、橋爪志保です。

新型コロナウイルスの影響が大変心配される日々ですが、いかがお過ごしでしょうか。短歌を作ってらっしゃる方の中には、ウイルスのせいで、オフラインの歌会や勉強会などができなくなってしまったという方も大勢いらっしゃると思います。そんな中、最近短歌を愛好する方々の間で急速に広まっているのは、そう、オンライン歌会です。

ZOOMなどのサービスを使うことによって、感染のリスクを減らしたり、また、普段では集えない遠方の方々とも歌会ができることから、大変便利なものとして、さまざまなところで行われています。

 

今回は、そのようなZOOM歌会をTANKANESS主催で開催することにしました。いつものおなじみのライターやゲストをまじえた楽しいメンバーで、果たしてオンラインでどこまで議論を深められるのでしょうか。以下は歌会の記録です。

読んでいただくことで、少しでも歌会の白熱した雰囲気が伝わればいいなと思います。また、短歌ってなんじゃらほい!という方、短歌はまだはじめたてという初心者の方にも、この記事をきっかけに、「歌会っておもしろそう!」「わたしもやってみようかな」と思っていただけたらこれほどうれしいことはありません。それでは早速、歌会の記録をどうぞ。

 

TANKANESS ZOOM歌会

 

今回の歌会の流れ

歌会を初めて主催してみたい、という方のために、今回の歌会の流れを記載しておきます。

 

<今回の歌会ルール>

・未発表の短歌1首(テーマなし)を参加者から募集

・短歌一覧(作者名を伏せた状態)を事前に配布

 

<歌会当日の流れ>

・自己紹介

・参加者は2首の短歌に投票

・投票数の多かった短歌から合評

・全短歌の合評終了後、作者名を発表

 

短歌一覧

※実際は作者名を伏せて投票・歌会を行っています。

 

① 空耳がやがてあなたに美しい庇護や奈落を差し出すだろう/橋爪志保

 

② 出発というんだってね 松駅を滄いディーゼル列車ははなれ/牛隆佑

 

③ むずかしい間違いさがし/むずかしく考えすぎた間違いさがし /土岐友浩

 

④ それっぽい魯肉飯が食卓に並んでどうせここらもアジア/志賀玲太

 

⑤ 雨、排気ガスが空気になっていく 空気を息に変えて青信号/なべとびすこ

 

⑥ 気がつけば悪役だった二人して腹を抱える土砂降りの中/岡本真帆

 

⑦ 戦争を知りたる風にみずからを撓ませている麦と電線/貝澤駿一

 

歌会スタート!

 

むずかしい間違いさがし

むずかしい間違いさがし/むずかしく考えすぎた間違いさがし /土岐友浩(投票:橋爪、岡本、貝澤)

 

橋爪:「むずかしい間違いさがし」は俯瞰的に「問題の難易度が高い」という意味で、「むずかしく考えすぎた間違いさがし」は問題の実際のむずかしさとは関係なく、「自分がどう思ったか」に焦点をあてている言葉です。

でも、前者と後者は全然違うようで、現象としては大差ないようなときもある。考えれば考えるほどそれこそ難しくなっていく「/」の前後二つの違いですが、それこそが間違いさがしになっているような構造で。おもしろいなと思ったので一票入れました。

 

岡本:確かによく似た言葉が並んでますよね。「むずかしい」ってのがそもそも主観的な言葉。「むずかしい間違いさがし」は「自分にとって」なのか「世の中一般的に」なのか分かれると思うのですが、後者かな。「むずかしく考えすぎた間違いさがし」は、「むずかしいんだろうなと思っていた」とも、「答えを探すために複雑に考えすぎてしまった」とも捉えられます。いろいろ解釈しようがあって、どんどんわからなくなっていくさまがいい。

 

貝澤:人生そのものが「むずかしく考えすぎた間違いさがし」だという提起なんじゃないかな。自分の欠点とか、社会との合わなさとか、そういう「間違い」を探そうとして立ち向かっていかないといけないことが「むずかしい」、というのが人生ですが、それこそ「むずかしく考えすぎた」だけなのかもしれなくて。考え方を変えれば前向きになれる、ということを歌った歌だと思っていました。「/」の前後は同じものとして捉えていました。前評者の方々とは少し読み方が違いますね。

あと、菅田将暉さんの歌、「まちがいさがし」も連想しました。言葉遊びの歌って、失敗することも多いのですが、このくらいのテンションだと読みやすいです。

 

:サイゼリヤの間違いさがしとか、「むずかしい間違いさがし」と言われているものはわりとあって、「あるある」の範疇かなあ、と思う気持ちもあります。

 

 

腹を抱える土砂降りの中

気がつけば悪役だった二人して腹を抱える土砂降りの中/岡本真帆(投票:橋爪、なべと、土岐)

 

土岐:「腹を抱える」は「腹を抱えて笑う」の短縮表現と読みました。たがが外れた感じというか、魅力的な景です。「悪役」というのは、二人の世界にちょっと影を落とすような感じですね。二人とも「悪役」だったという読みをしていましたが、他の読みもできるかな。上の句は客観的なことを言って、下の句は閉塞感がある。そのバランスの良さにも惹かれました。

 

なべと:わたしも「腹を抱えて笑う」ととりました。「土砂降りの中」で笑うという景が素敵です。「悪役」もおもしろくて。「気がつけば」は「こんなはずじゃなかった」みたいな雰囲気がちょっとあるのかな。でも、「二人」だからこそ、笑えるんじゃないでしょうか。情景も言葉の選び方もいいです。

 

橋爪:「腹を抱える」はうまい圧縮だなと思います。情景、見えてくるし。あと、「土砂降り」はめちゃくちゃ笑ってるというアクションと呼応していて気持ちいいですね。「悪役」は、めちゃくちゃ悪いものではなく、「悪友」的な、二人でやるいたずら、悪ふざけみたいなものを表したのかなあと思いました。舞台背景みたいなのはいろいろ想像できそうですが、それが悪いように効いてないところがいいですね。

 

土岐:僕はもう少しシリアスな感じで「悪役」という言葉を捉えていました。笑いあう幸せな状態だけれど、二人は刻一刻と世界の悪になっていってる……みたいな、そういうギャップですね。初句二句の視点とそれ以下の視点が大きく切り替わっていて、ドラマチックだなあと思いました。

 

:質問なんですが、これは倒置になっているのかな?二人して腹を抱える土砂降りの中→気がつけば悪役だった、みたいな。

 

土岐:倒置で読んでました。

 

志賀:二句切れで読んでました。

 

橋爪:悪役だった二人、と続けて読むこともできますね。

 

貝澤:これ、倒置で順番を置き換えても、(「中」で句割れは起こりますが)ちゃんと5・7・5・7・7になりますね。それもそれでちょっと面白い。

でも、採りきれなかった理由は、「腹を抱え」ている理由が何なのかわからなかったからなんですよね。土砂降りに対してなのか。悪役だったことに気がついて笑ったのか。ここが読み切れないところは問題じゃないのかな、と思いました。

 

:「腹を抱える」は本当に「笑う」で確定的に読んでいいのかな。それも疑問ですね。あまり慣用表現を短縮するというのは許容できない気持ちがあります。迷うところですが。対して「悪役」はとてもいいと思います。「悪者」とかよりずっと。

 

志賀:「俺らが悪役かよ~!」みたいな感じで反省もせず笑っているような感じと読みました。

 

 

それっぽい魯肉飯

それっぽい魯肉飯が食卓に並んでどうせここらもアジア/志賀玲太(投票:土岐、貝澤)

 

貝澤:「どうせここらもアジア」はちょっと政治的なニュアンスがあるのかな。台湾とか中国とかにいて詠んでいるのか、日本にいるのかはわかりませんが、魯肉飯というもののアイデンティティがアジアというものにつながったときに、「どうせここにいる自分もアジアの一員なんだから」という世界を大きく見ようとする見方というものに対する何かを詠んだのかな、と捉えていました。「わたしはアジアの中でも日本人なんだ」という本来の自身のアイデンティティが浮き彫りになってくるという点で面白いし、優れているのではないか、と思いました。

 

土岐:①の「空耳が〜」の歌も惹かれたんだけど、めちゃくちゃ迷ってこちらに最後、票をいれました。ぎりぎりのところでうまく景が出せている、と思います。

「それっぽい」はラフな口語なんですが、安そうな茶碗に角煮とごはん……みたいな情景が浮かんでくる。「どうせ」もラフな言い方ですが、「この食卓を見て、ここらもアジアなんだ」という気づきの感覚が、あんまり短歌で見ないような気がして惹かれました。

テレビとかだと「日本を感じる瞬間、どうですか」みたいな質問よくありますよね。でも「アジアを感じる」という感覚はそんなに提出されることはない。こういう情景を目にして「ここらもアジア」の気づきを得た主体には、説得されました。

 

:「それっぽい」がいいですよね。本物の魯肉飯でなく、家で作れてしまうような魯肉飯。「それっぽ」さ性があらわれる料理として適切な気がします。また、「どうせ」は気になりましたね。主体の意志のある強い言葉じゃないですか。これをどうとったらいいのかがわからなかったんです。

 

土岐:「どうせ」、確かに強いし、場合によってはかなりネガティブな単語になりうる。けれどこの歌では、何か言いたいことがあるような気がしています。「今ぼくたちが住んでいるところは良くも悪くも、ごはんが魯肉飯に見えるところもふくめて、嗚呼アジア」みたいな。主体がアジア的なものをこういう気分で言っているというのは、「どうせ」で引き出せてる気がします。

あと「それっぽい」のところ、僕は安っぽいイメージで読んだんですけど、もうちょっと本格的な魯肉飯の可能性もあるかも。

 

岡本:そうですね。でも、「それっぽい」と書くということは、それなりに本格的な魯肉飯を感じているような人が主体なのではないでしょうか。

 

:この短歌の主体が、どこの国の人かで、随分意味は変わってくるのでは。主体を無条件に日本人と捉える危険性もあると思います。

 

 

空気を息に変えて青信号

雨、排気ガスが空気になっていく 空気を息に変えて青信号/なべとびすこ(投票:牛、志賀)

 

:いい歌ですね。最初に票を入れようと思いました。まず、景色の要素が4つある。まず雨が降っている。車が排気ガスを出している。空気にそれがとけていき、空気が息というものに変わる。信号が赤から青になる。独立している景色がゆるやかに混ざり合っているところが、都市の風景として非常に優れているなと思いました。

あと、7首並べたときに、この歌だけが字余りですね。字余り、ここでは余韻を生み出していて、いいと思います。

 

志賀:この歌を読んで最初に思い起こしたのが、ターナーの絵画〈雨、蒸気、スピード〉です。雨の風景に機関車が走っていて、ふんわりとしたタッチで仕上がっている作品です。文字が読点で区切られていること、「雨」という単語で始まること、蒸気と排気ガスの類似、青信号と乗り物(機関車)。作者がどう思ったかはわかりませんが、似ている点は多いと思います。まずそこが面白いなと思いました。

それに加えて、排気ガスが空気に変わり、それが息に変わるという変換の過程が、流れるように構成されている点もよいと思います。最後の字余りも、視界がかすむような、ふわっとした感じ、おさまりきらない感じと合っていていいですね。

 

橋爪:出てくるモノがとても抽象的なのに、統一感があるところがすごいなと思います。「青信号」が歌のアクセントになっているから安定して、余計にそう思うのかな。でも、この字余りは、個人的には、おしゃれじゃない気がする。うーん、どうなんだろう。

 

貝澤:「最後までモノで押し通した歌だな」という印象を受けます。例えば「青信号」は、「前へ踏み出す」とか「歩き出す」の言い換えともいえると思うんです。そこを言い換えてまでモノだけで成立させる必要があったのかな、という。ターナーの絵を想起させても、「青信号」はちょっと余計かもしれないと思いました。

 

:「青信号」があるから、交差点という場がわかるのではないでしょうか。歌の情景を呼び起こすのに必要なのではないかと思います。

 

志賀:「青信号」の単語ひとつで全体を縛っている、統一がとれている、と思いました。

 

土岐:全然話が変わるんですが、「排気ガス入りの空気、吸いたくない……」みたいな感情が生まれて、読みを妨げられそうになりました。上下の「空気」という言葉を別物に捉えないとなあと思いました。

 

貝澤:でも、それも含めての都市詠なのかな、とも思います。

 

戦争を知りたる風

戦争を知りたる風にみずからを撓ませている麦と電線 /貝澤駿一(投票:牛、志賀)

 

志賀:具体的なすべての意味は取りづらい歌ですが、「戦争を知っている風というものはあるんだろうな」という説得力のある作品だなというのが最初の印象です。風景は、「麦」があるくらいの田舎、「電線」があるくらいの都会で、都会すぎず田舎すぎない場所という感じなのかな。よいと思ったのは、「麦」と「電線」の取り合わせです。両方とも風にたわむものなんですが、自然物と人工物のよい対比がなされている。

 

:よいと思った歌です。でも、「知りたる風に」の「に」には迷いが生じました。「原因」の「に」として読もうとしたんですが、「麦」と「電線」ってたわみ方が違うんじゃないか、とも思って。「麦」は風にたわむけど、「電線」は自重じゃないかなって……。

だから、可能性としては薄いかもしれないですけど、「並列」の「に」として読むこともできなくはないかな、と。「戦争を知りたる」と「みずからを撓ませている」の二つの擬人法が並列っぽさを生んでいるというか。もしそうだとすると、ものを並べただけという潔さがかっこいいなと思いました。風によって電線、たわむのかな……。

 

志賀:自重で下がったあと、たわむような気もしますね。並列として読むんだったら、風じゃない別の気象現象とかでもよい気がします。でも、並列として読んでもかっこいい。

 

土岐:「電線がたわむか問題」ですが、実際の景と多少は違っても、上の句を含め主体がどう見えたかによるので、そんなに気にならなかったかなあ。気になったのは「戦争を知りたる風」の重さですね。下の句で支えられている気もするけど、人によって受け止められ方は随分違うと思う。重い言葉を初句から持ってくるのはなかなか難しいのではないでしょうか。

 

なべと:風って、死なないものじゃないですか。死ぬとかどうとかの問題にない、というか。だから、戦争を知っている風がいてもおかしくないんじゃないか、というのは思いました。逆に麦とか電線は多分戦争を知らない。

 

橋爪:風がいつまでも生きている、という風への価値観が、わたし自身のとはちょっと違うなと思いました。風は吹いたらその一瞬ですぐ死ぬものだとばかり……。だから「戦争を知りたる」に説得されるのにちょっと時間がかかりました。

 

岡本:わたしも風への価値観、そんな感じですね。生まれて死ぬことを繰り返してる、刹那的なイメージ。

 

志賀:でも、この歌の時代や場所を現代の日本でとる必要もないんじゃないかな、と思いました。大陸のほうで戦争があって、そちらから吹く風、というふうにも読めるし、どの戦争かというのは決める必要がないのでは。

 

美しい庇護や奈落

空耳がやがてあなたに美しい庇護や奈落を差し出すだろう/橋爪志保(投票:なべと)

 

なべと:ちょっと難しいなとは思いながら、票を入れました。「空耳」は勘違いみたいな感じとして捉えました。勘違いみたいなものがやがて何かを引き起こすだろうという怖い予感を言っている。「奈落」は急にあらわれる地獄のようなもので、「庇護」はそれとは気づかないうちにかばってくれるもの。いいほうにも転ぶし悪いほうにも転ぶ。そんな恐怖。全体的に言葉の選び方が好みでした。

 

:どう解釈してもわからないところがありながらも、いい感じがありますね。でも、どうしてもわからない。わたしは、なにか別の言葉を「庇護」や「奈落」と聞き違えたのかとも思いました。でも、それにしてもわからないですね。難しい。「美しい庇護」っていうのも。「庇護」ってどういう言葉なんだろう。あまり使いませんね。

 

土岐:この歌は裏の意味とかを別にとらなくても、言葉だけの力でガチッと世界が成立している歌で、そこがまずすごいなあと思いますね。

「空耳」という最初は気のせいと思っていたもの、存在したかもわからないもの、が気が付けば「庇護」や「奈落」など大きなどうしようもないことになっている、という状況が起こりますよ、という非常に怖いことを言われている歌で。「美しい」と言われても、余計怖い。知らない間にこういう世界に連れていかれることが怖い。読んでいてゾクッとする気持ちよさのある歌だと思いました。

 

貝澤:「庇護」とか「奈落」とか、「空耳」もそうですが、漢字二文字のかっこいい言葉だけで歌が自己完結しているような気がします。そういった歌にはちょっと身構えてしまいます。別に意味が取れないから悪い、とかではなく、この歌どう読んだらいいんだろう、と一瞬の留保が入ってしまう。一首だけではこの歌の世界がなかなか説明できないところがある。

 

志賀:それぞれの単語が別のものに置換できてしまう可能性も考えましたね。文型が綺麗なだけに、二字の単語を並べることの怖さがあります。

 

岡本:難しいながらも読みをどう行ったか、という話をするんですが、「空耳」というのは、別の言葉を間違えて認識するということですよね。子供のことを俯瞰して言っているのかな、と直感で思いました。「庇護」と「奈落」は天と地の対比的なもので、子供のこれからの人生に起こることを大きく言っているのではないか、という。言葉によって世界が作られていく、というか。

 

出発というんだってね

出発というんだってね 松駅を滄いディーゼル列車ははなれ/牛隆佑(投票:岡本)

 

岡本:わたし、ディーゼル列車ってなじみがあって。田舎だと電線のない「汽車」って呼ばれたりする二両編成とかで走ってる電車をいうんです。「松駅」というのは、どこなのか一応調べたのですが、全然ヒットしなかった。架空の駅なのかもしれないし、検索で引っかからないくらい小さな駅なのかもしれないですね。

電車が離れていく、というのはその地での日常の描写だとおもうのですが、それを「出発というんだってね」と捉えなおしをしているところが面白いと思いました。旅立ちとか別れの気配も感じるのですが、それをそういうドラマチックな言葉で言い表さずに、あえてすごく客観的な「出発」という言葉を使っている点も、逆に感傷的でいい。「滄い」という字も、全体的に感情ののっていない言葉の羅列の中で、ひとつこういったものを使ってくるところは効いているのかな、と思いました。

 

土岐:謎めいた歌だな、というのが初読の印象ですね。まず、出発という現象を「出発というんだってね」と思い起こすことってあまりないと思うんです。だから、物語性が大きい歌なのかもしれない、というところで今読みを固めようとしています。「松駅」って、松の木がある駅ってことなんでしょうか。そういう駅から「あなた」がディーゼル列車に乗ってどこかへ行ってしまうという主体の思い入れの強い景があって。それを「出発というんだってね」と表している。でも、「松駅」って何……みたいなところはどうしても気になるし、下の句の味付けの濃さは気になりました。

 

貝澤:「出発する」ことに対して「出発というんだってね」と言い直すことは、果たしてこれでよいのだろうか、という気持ちがありますね。だから、クサすぎるとはわかっていながらも、「出発」は「たびだち」と読んでました。そのほうが意味が通るかな、と。全体的にめちゃくちゃ感傷的な歌で、テンションは「なごり雪」みたいな感じですかね。そう読めばいい歌とはおもうのですが、シチュエーションに寄りかかりすぎな気がします。

 

志賀:わたしは、「出発というんだってね」とあえてトートロジーレベルで言い直すことによって、むしろドラマ的なものから遠ざけているような印象を受けました。また、地名が歌の中に出てくると、地名の持つ意味性とかを受け止めなくてはな、と身構えるのですが、これが架空のものだとしたら、どうしようかな、と今も困っている状態です。

 

なべと:「松駅」、なんなんでしょうね。その土地の愛称とかかな……。

 

橋爪:初二句で含みを持たせた言い方をした上に、結句で言いさしみたいなポーズをとるのはなんだかちょっとバランスが悪いような気がします。

 

 

歌会終了!

 

歌会総括

 

いかがだったでしょうか。ZOOMはオフラインの歌会と違って、相手のうなずきや話すタイミングが分かりにくいという欠点はありながらも、議論や批評がしっかりと展開できることがわかりました。

 

約2時間にわたる歌会でしたが、面白さと白熱のあまり気づいたらあっという間に終わった印象です。開催されているZOOM歌会の中には飲食物を持って集まって、そのまま二次会をするというところもあるようです。お店に移動する手間を省き、感染リスクを減らしながら楽しく過ごせるというメリットもオンライン歌会にはありますね。

 

歌会は他の作り手の貴重な意見を聞いたり、自分の批評の腕を上げることのできる、楽しい場です。みなさんも興味があれば、ZOOMをはじめとしたオンライン歌会、ぜひやってみてください。それではまた、次の記事でお会いしましょう!

  

参加者紹介

 

 

牛隆佑

1981年大阪府生まれ。空き家歌会管理人。「フクロウ会議」メンバー。

「消燈グレゴリー その三」(ブログ)

「空き家歌会」

「フクロウ会議」

Twitter @ushiryu31

自選短歌

ジェリーのようなそれからトムのような風がふたりのそばをうち過ぎていった

 

岡本真帆

映画とゲームと漫画と銭湯が好き。かつて傘をたくさん持っていたけれど、バスの中に置き忘れたりコンビニで盗られたりして、今は2本しか持っていない。

Twitter @mhpokmt

note

自選短歌

3、2、1、ぱちんでぜんぶ忘れるよって今のは説明だから泣くなよ

貝澤駿一

1992年横浜市生まれ。「かりん」「gekoの会」所属。2010年第5回全国高校生短歌大会(短歌甲子園)出場。2015年、2016年NHK全国短歌大会近藤芳美賞選者賞(馬場あき子選)。2019年第39回かりん賞受賞。

Twitter@y_xy11

note:https://note.com/yushun0905

自選短歌

まっさらなノート ピリオド そこにいるすべての走り出さないメロス

 

志賀玲太

1996年生まれ。東京芸術大学美術学部芸術学科在籍。エンタメと知を融合させたメディア「QuizKnock」のメンバーとして活動中。平たい短歌と散文詩が好き。

Twitter @Petzvaled

QuizKnock quizknock.com/author/shiga

自選短歌

どっちみち悲劇に違いないのだし撃たれた方の話がしたい

 

土岐友浩

京大短歌会で短歌をつくり始め、卒業後は特に短歌結社などには所属せず、マイペースに活動しています。
2015年に第一歌集『Bootleg』を発表しました。米津玄師のアルバムとは関係ありません。

自選短歌

キッチンに雪がつもっていく夢のあなたはそこにいたのだろうか

なべとびすこ(鍋ラボ)

TANKANESS編集長。短歌のワークショップをやったりボードゲームを作ったりしています。短歌カードゲーム「ミソヒトサジ<定食>」「57577(ゴーシチゴーシチシチ)」制作者。

Twitter @nabelab00

note https://note.mu/nabetobisco

通販  鍋ラボ公式通販

自選短歌

ふるさとと呼ぶには騒がしすぎる町 でもふるさとを他に知らない

 

橋爪志保

2013年に作歌を始める。京大短歌を経て、現在は同人誌「羽根と根」所属。第二回笹井宏之賞にて永井祐賞受賞。2021年4月に第一歌集『地上絵』上梓。Twitter @rita_hassy47
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自選短歌

I am a 大丈夫 ゆえ You are a 大丈夫 too 地上絵あげる

 

この記事を書いた人

橋爪志保

2013年に作歌を始める。京大短歌を経て、現在は同人誌「羽根と根」所属。第二回笹井宏之賞にて永井祐賞受賞。2021年4月に第一歌集『地上絵』上梓。Twitter @rita_hassy47
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自選短歌

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