短歌の企画者に話を聞いてみた~「歌会たかまがはら」編~

企画

こんにちは。牛隆佑(うしりゅうすけ)です。短歌をつくったり短歌の活動をしたりしています。

さまざまな短歌の企画者へのインタビュー「短歌の企画者に話を聞いてみた」の第3回は「歌会たかまがはら」の天野うずめさんです。天野さんがじわじわと続けてきた企画は11年で62回を数えます。

 

「歌会たかまがはら」企画者 天野うずめさんインタビュー

「歌会たかまがはら」とは?

牛:まず「歌会たかまがはら」の概要をお願いします。

天野:毎回お題に沿った短歌を募集してゲストの歌人とおしゃべりする短歌の番組です。で、その様子をYouTubeで配信しています。

牛:お題はゲストが決めるんですか。

天野:そうです。最初のアポイントメントの時に、お題の候補を挙げていますが、ゲストの方の希望があれば、そちらで。

牛:なるほど。ゲストの個性が表れたお題もありますね。

天野:たとえば、2019年7月号の「いい歌※自作に限る」(ゲスト:乾遥香)や、2018年4月号の「素数の数字を詠み込んだ歌」(ゲスト:二三川練)はユニークでしたね。

始まったのは、2011年7月、直近の2021年9月号(ゲスト:月岡烏情)で62回目です。定期的ではないのですが、均すと2カ月に1回のペースです。

開催発表や採用歌の発表はblogで行い、配信はYoutube(以前はUstream)で、Twitterは告知にも使っています。送り方法は、専用のメールアドレスのほか、TwitterのDMでも受け付けています。

送る歌数に制限は無いので、なかには10首以上送る方もいます。もちろん1首だけ、という方もいます。

牛:短歌は毎回どれくらい集まりますか。

天野:回によりますね。お題の難易度の差も大きいですから。だいたい平均すると100首くらいでしょうか。

牛:制限が無いとはいえ、100首はなかなかですね。僕も少しお手伝いした時期がありますが、300首を超えた回もありましたよね。

天野:最多は2014年6月号で、ゲストがぺんぎんぱんつ(しんくわと田丸まひるによる短歌ユニット)の回です。お題「雨」で、405首が集まりました。

牛:そして、ゲストが次回のゲストを紹介するんですよね。このやり方がユニークです。この方式にしたのはなぜですか。

天野:僕の知人に声をかけていくと、結局、いわゆる身内のローテーションになってしまってネタも尽きるので、紹介制がいいんじゃないか、と助言されたんです。龍翔さんのアドバイスだったと思います。

牛:それにしても、11年・62回は長く続いていますね。しかも、最新の回の配信を聴いても、番組構成をまったく変えていません。淡々と進行している印象ですが、同じやり方を続けてきただけあって、安定感のあるスムーズな進行です。

 

「歌会たかまがはら」という名称について

牛:「歌会たかまがはら」という名前も独特です。なぜこの名前なんでしょう。

天野:まず僕の名前が……

牛:すみません、お尋ねする順番を間違えました(笑)そうですよね。まず天野さん自身のお名前の由来が先ですね。

僕が天野さんの存在を最初に認識したのは「題詠blog2010」(Webの題詠企画。現在(「題詠100首」)の主催は五十嵐きよみ。2003年~)で、その時のお名前は「天鈿女聖(あめのうずめのひじり)」でした。いつからこの名前を使っていたんですか。

天野:高校2年生の頃からですね。2003年です。「モバイル短歌」(歌会サイト。現在はサービス終了)で使いはじめて、「土曜の夜はケータイ短歌(後に「夜はぷちぷちケータイ短歌」に改称)」(短歌ラジオ番組。放送はNHKラジオ第1。2005年~12年)などにもその名前で投稿していました。

牛:「モバイル短歌」はかつてあった、スマートフォン以前の携帯電話の歌会サイトですね。

天野:「うたの日」(短歌投稿サイト。管理人はのの。2014年~)のシステムとは違って、参加者が自分でお題を設定して部屋を立ちあげる方式です。

高校の文芸部に友人がいて、僕も何か書きたかったのですが、小説はどうも書けなくて、短歌を作ろうと思ったんです。で、短歌を作るのにいい場所はないかなと検索したら、たまたま「モバイル短歌」を見つけました。

当時のインターネット的に、本名では絶対にしたくなかったので、適当に「日本書紀」の「天鈿女命(アメノウズメノミコト)」から名前を取りました。特に「日本書紀」に愛着があるのではなくて、なんというか、行き当たりばったりです。

牛:そういえば、ハンドルネームと呼ばれる当時のインターネット上の名前は、気まぐれに付けられることも多かったですね。当時からネットで活動している歌人の中には、適当に付けたハンドルネームを由来にして、筆名にした人も多そうです。

天野:で、「天鈿女聖」の場なら、神話つながりで「高天原(タカマガハラ)」しかないなあ、と思ったんですよね。響きもいいですし。

ちなみに今の「天野うずめ」という名前は、2014年に短歌結社のポトナム短歌会への入会に際して、「天鈿女聖」から改めました。

 

「歌会たかまがはら」をはじめたきっかけ

牛:以前、「大阪短歌チョップ」(短歌イベント。主催は大阪短歌チョップ委員会。2014年)でのトークセッションで、「歌会たかまがはら」をはじめたきっかけを話していました。2011年の東日本大震災だったんですよね。

天野:震災のショックで短歌が詠めなくなったという人がけっこういたんです。そうして短歌から一時的に離れた人が、また短歌を詠みたくなった時に、戻れる「場」の一つを作っておきたかったんです。

当時から同人誌の活動はありましたが、今のように気軽にはできなかったし、ネットプリントによる発表もまだまだ一般的ではありませんでした。インターネット上で短歌をやろうとすると、それぞれのblogかTwitterに流すか、しかなくて。

牛:あとは「うたのわ」(短歌投稿共有サービス。運営は村式株式会社。2008年~)やmixiなどのSNSでしょうか。「題詠blog」もまあblogに含まれますし、日常的な営為としての作歌とは少し違う気がします。なんにせよ、現在と比較して選択肢が断然少なかったですね。

天野:そうです。短歌が詠めなくて休んでいる間に、そうした「場」が無くなってしまったら、もう短歌から完全に離れてしまうかもしれないと思ったんです。

牛:震災の時は、ショック過ぎて短歌の言葉が湧いてこないという人が本当に多かったですね。天野さん自身はどうでしたか。

天野:僕はそれほどでもなかったです。だからこそ、動ける人が「場」を作っておくべきだと思いました。

牛:たしかに、震災のショックで短歌から離れた人が、また短歌をやろうとした時に、個人のblogなりで自分から発表していく、となると動き始めの精神的エネルギーがかなり必要な気がします。だれかの「場」であれば、呼びかけに応えるかたちで再開できます。

天野:そうです。それに、知っている人が一人いるだけでも、きっかけになりますよね。

牛:たしかにそうだと思います。

その「場」として、「歌会たかまがはら」の形式を選択したのはなぜでしょうか。

天野:1年前には「うたらば」(短歌と写真のフリーペーパー。発行人は田中ましろ。2010年~)ができていましたが、デザインの技術は無いので、自分ができそうなことはなんだろうと考えた時に、思いついたのがラジオでした。学生の時からラジオはずっと好きで聴いていて身近でしたし、「夜はぷちぷちケータイ短歌」(以下「夜ぷち」)というお手本もありました。

 

「夜ぷち」について

牛:「歌会たかまがはら」のモデルになった「夜ぷち」について、天野さんはどのように捉えていましたか。

天野:いくつかある投稿先の一つでしたが、選者と投稿者との距離の近さを魅力に感じていました。「NHK短歌」(題詠の短歌番組。放送はNHK。1997年~)にも投稿していましたが、ちょっと畏まった雰囲気ですよね。当時は今よりも特に。選者もゲストもいわゆる大御所の方が多くて、進行も芸能人じゃなくてどっしりと落ち着いたNHKのアナウンサーで。

前身の「土曜の夜はケータイ短歌」の時は、芸人のふかわりょうさんと漫画家の魚喃キリコさん、「夜ぷち」になってからは芸人のだいたひかるさんがMCでした。ゲストも短歌に関わってこなかった芸人や声優で、身近に感じられて、気軽に投稿できました。1週間サイクルで投稿の結果が出るスピード感も良かったですね。

牛:スピード感は投稿していた多くの歌人からよく聞きます。

選者は加藤治郎さんから黒瀬珂瀾さんや天野慶さんといった当時の中堅~若手の歌人が務めていたそうですが、ユニークなのはMCのだいたひかるさんやゲストの芸能人も、歌人と同じ立場で選歌をした点ですね。今思うと、めずらしい形式です。

天野:そうですね。選者の「先生」が選歌をして、その短歌をみんなで語り合う、というのが投稿番組のフォーマットだと思います。でも、「夜ぷち」は歌人を「先生」として絶対視せずに、みんなで盛り上がるための選歌をしていたような気がします。

だから、選者の歌人も選んだ歌について良し悪しを評価するような批評はあまりなかったですね。

牛:そうしないとゲストの芸能人も選や評がしにくくなりますしね。

天野:僕はだいたひかるさんやゲストの芸能人の選歌や評が楽しみで、投稿していました。「今回のゲストのこの芸能人に採用されたい」と思って投稿したこともあります。もちろん、歌人に採用されたかった人もいたはずですが、僕は同じくらい嬉しかったです。
投稿者の側も、普段から短歌を作っていた人だけじゃなくて、いわゆるラジオのハガキ職人もいましたね。「あ、他の番組で聞いたことがある名前だ」って(笑)

牛:その空気感はとても貴重だと思います。その空気感を作った番組関係者はすごい。短歌の一部の界隈では批判があり、賛否両論だったようですが、それだけ価値観が明確な「場」だったんだろうと思います。

天野:2009年からは「渋マガZ」という若者向け情報番組のなかに組み込まれたこともあって、10代20代が対象の番組ならではの内容だったので、なおさらですね。でも、その世代が短歌を知るきっかけとして、取っつきやすくて良い番組だったと思います。

牛:「夜ぷち」は2012年4月1日に終了しますが、そのことで「歌会たかまがはら」への意識に変化はありましたか。

天野:どうでしょうね。「夜ぷち」に投稿していた人たちが、「歌会たかまがはら」に投稿するようになるかと思ったら、そうでもなかったですし(笑)

でも、短歌を詠む「場」が一つ失われたことで、「続ける」ことへの意識は多少高まったかもしれません。

 

フラットな選歌

牛:「夜ぷち」の空気感とも関わる気がしますが、「歌会たかまがはら」の選者と投稿者との関係性について聞きたいです。

というのは、この連載の第1回(「あみもの」)で、御殿山みなみさんが「選歌をすると権威化する」と述べていて、その話を聞きながら「歌会たかまがはら」を連想したんです。「歌会たかまがはら」の選者はあまり権威じゃないな、って。将来的にそうした活躍をしていくことになるだろうという方も多いですが、配信時点で歌壇の権威とは言えないですね。

天野:たとえば、岡野大嗣さんや木下龍也さんにも選者をしてもらっていますが、今みたいに有名になる前ですね。

牛:「夜ぷち」の選者経験があり、すでに未来短歌会の選者だった黒瀬珂瀾さんは別として、後に角川短歌賞の選考委員となる藪内亮輔さん、「NHK短歌」選者になる大森静佳さんをも含めても、その時点では、投稿者と上下関係のない、かなりフラットな関係性だったはずです。

その一方、短歌を取捨する選者には名実の「格」が必要だという意見・感覚も根強くあると思います。

「歌会たかまがはら」のゲスト選者は、はじめて選者をする人も多いと思いますが、みなさんの反応はどうですか。僕が「歌会たかまがはら」の選者をした時は、やはりプレッシャーで怯みました。

天野:プレッシャーを感じる方が多いと思います。でも、滅多にない経験なので、やってみます、勉強します、という方が多いですかね。

牛:天野さん自身はどうですか。「歌会たかまがはら」では天野さんも選評をします。

天野:僕はそれほど抵抗がありませんね。「モバイル短歌」の時から選はしていましたので。「モバイル短歌」は相互選なので、システムは違うものですが、意識としては同じですね。「歌会たかまがはら」の選も、いわゆる普通の歌会の選のように捉えています。

牛:まさに名前の通り「歌会」なんですね。今のでいろいろと腑に落ちました。たとえば、番組の最初にゲスト選者と天野さんが、その回の題で作った短歌を披露します。リスナーへのゲスト選者の紹介が目的なら、それこそ代表歌なり自選の短歌なりを挙げればいい。でも、投稿者と同じ題で短歌を作らせるのは、まさしく「歌会」ですね。

天野:そうですね。それに、同じお題で詠んでもらったほうが、なぜそのお題か、そのお題とどう向き合うのか、といった話もできますし。

牛:面白い関係性ですね。選者でありながら選者じゃない感覚があります。現在のネット上の企画では、フラットな関係で行われる選歌も散見されますが、その嚆矢かもしれません。

天野:ただ、次回のゲスト選者を紹介してもらう際には、その人が一目置く歌人や、勢いのある歌人を紹介してくれることが多くて、それでうまく回っている感じがします。

牛:なるほど。紹介制であることが、フラットでありながらも、結果的にゲスト選者の力を保証しているんですね。

「歌会たかまがはら」第1回〜63回歴代ゲスト

心がけていること

牛:他に「歌会たかまがはら」の独自の選歌ルールや、天野さん自身が選歌で心がけていることはありますか。

天野:「歌会たかまがはら」の特徴の一つに、採用歌のなかで特選や席次をつけない、というものがあります。

牛:言われてみればそうですね。なぜですか。

天野:それも龍翔さんのアドバイスでした。やはり、投稿者ががんばって投稿してくれた歌はすべて良い歌なので、選ぶ・選ばないはあっても、それ以上の順位付けはしなくていいだろう、という話になりました。

牛:特選や一席、というのは投稿者にとっては励みになるし、目標にもなりますが、たしかに言われてみれば絶対条件ではないですね。無いほうが適切だろうという投稿の場もあります。

天野:あとは、そうですね。黒瀬珂瀾さんに「言及しやすい歌を選んじゃうよね」と言われたことが印象に残っています。

牛:それはおそらく「だから気をつけなさい」というさりげない忠告ですよね。

天野:そう捉えています。なので、魅力がうまく説明しづらい短歌でも選歌するようにしています。ゲスト選者に質問して、そこから話が膨らむこともあります。ラジオ番組形式の良い点ですね。

牛:歌会でも話しているうちに歌の魅力を深掘りできることがありますね。そういう意味でも「歌会たかまがはら」はやはり「歌会」なんだなと思います。

投稿される短歌に傾向はありますか。

天野:傾向は分からないですね。というのも、「歌会たかまがはら」はゲストによって、投稿者の層が変わるんです。「うたの日」のユーザーなら、「うたの日」に出している人が多いですし、学生短歌会の方が選者なら、学生短歌会からの投稿が多くなります。もちろん、ゲストに関係なくコンスタントに投稿してくれる人もいますが、「ゲストに向けて投稿する」というケースも多いです。

牛:回によって集まった短歌の作風が違うというのも、面白いですね。「歌会たかまがはら」を追っていくと、現在の短歌の世界のバリエーションが見えてきそうです。

 

 

「歌会たかまがはら」の歌

牛:具体的に「歌会たかまがはら」に投稿された短歌を見ていきたいです。印象に残っている短歌を挙げていただけますか。

 

シャンプー 僕は自殺をしてきみが2周目を生きるのはどうだろう/青松輝
「歌会たかまがはら」2021年7月号(ゲスト:瀬口真司)「速い歌」

天野:今までツイートした採用歌の中で一番「いいね」の数が多かった歌です。「シャンプー」の言葉の速さが歌全体の速さに繋がっているという瀬口さんの言葉が印象に残りました。

 

マイクロバスそちこち雪の残る道 ひいおばあちゃんきれいやったね/泳二
「歌会たかまがはら」2013年2月号(ゲスト:たえなかすず)「美」

天野:今でもいい歌として思い出す歌です。残雪の綺麗な風景とひいおばあちゃんの死に化粧の綺麗さがよく表現された一首です。

 

極東の果ての私のこたつにはみかんが二つ。一緒に食おう/飯田和馬

炬燵にはみかんがいつも乗っているみかんの生らない地の果てにいる/たきおと

「歌会たかまがはら」2014年11月号(ゲスト:野比益多)「フルーツ」

天野:どちらの歌も「こたつ」「果て」「みかん」と三つの言葉が共通して使われています。飯田さんの歌は明るい雰囲気、たきおとさんの歌は暗い雰囲気です。同じ言葉を使っていても詠み手によって雰囲気が異なるのは新しい気付きでした。

 

明日またやろうと思う明日また明日やろうと思うと思う/夜夜中さりとて
「歌会たかまがはら」2021年9月号(ゲスト:月岡烏情)「日常」

天野:最新回からです。「明日またやろうと思う」の言葉しか使っていないにもかかわらず、リフレインによって作中主体が絶対に明日になってもやらないことがわかりました。作者の巧みな計算が垣間見える歌です。

牛:夜夜中さりとてさんの歌の巧みさは、「夜ぷち」採用歌の「終わらない歌を歌おう終わらない歌を歌おう終わらない歌/木下龍也」に通じるものがありますね。リフレインに加えてマトリョーシカの構造にもなっていて巧いです。

 

これまでとこれから

牛:「歌会たかまがはら」をやってきて良かったなと思ったことはありますか。

天野:西村曜さんの歌集『コンビニに生まれかわってしまっても』(書肆侃侃房)のあとがきや、工藤吉生さんの短歌研究新人賞の受賞のことばで、短歌を詠んできたいくつもの場のひとつとして「歌会たかまがはら」を挙げてくれていたのは嬉しかったです。「歌会たかまがはら」はそもそも短歌を詠む場として作ったものなので、ちょっとは貢献できたのかなって。

牛:いや、10年以上、その場を維持してきたのはすごいことです。西村さんや工藤さんの言葉は、天野さんの営為の結果がたまたまそのタイミングで言葉として表れたのであって、その10年分の蓄積があればからこそだと思います。続けてこられた要因は何でしょうか。

天野:うーん、変にがんばらないことかなと思います。

「夜ぷち」や「うたらば」(短歌と写真のフリーペーパー。発行人は田中ましろ。2010年~)のように、短歌をまだ知っていない人にも届けたい、と考えたこともありました。
でも、そうした人が「歌会たかまがはら」を知るのは難しいし、内容もどうしても身内的になりがちです。それなら、短歌を広める役割は他に任せて、「歌会たかまがはら」は短歌をはじめた人が短歌を詠むための場に特化させようと思い直しました。じゃないと報われない時の徒労感に消耗しますから。

牛:この先の考えはありますか。

天野:続けられるところまで続けようと思っています。他の企画は50回や100回に大々的に記念回を行いますが、あまりそういうのもなく淡々と続けていく方が僕には向いているのかなと思います。

ただ、同時に長く続けてきたことが自負になってはいけないとも思います。だから、ちゃんと中身を伴いつつ、ですね。続けるために続けていくのは虚しい行為ですから。

牛:同感です。ただ一点だけ言えることがあります。

以前に一時期「歌会たかまがはら」のスタッフだった方が、プライベートな席で「『歌会たかまがはら』は『夜ぷち』の後継番組」と語ったことがありました。その時は、いくらなんでも規模が違うだろうと感じて、ピンときませんでしたが、今ならそれも少し理解できる気がします。

「夜ぷち」終了後、10年が経って、「夜ぷち」を知る人もどんどん少なくなるなかで、貴重な場だった「夜ぷち」の要素を引き継ぐ「歌会たかまがはら」が続くのは、それだけでもやっぱり価値があると思うんです。

 

おわりに

もはや老舗の安定感のある「歌会たかまがはら」の最大の強みは、日常のように続いていく点です。決して特別なイベントでは無いですが、こうした「場」の充実が、短歌の世界の豊かさを支えているはずです。

次回・2021年11月号のゲスト選者は中本速さん。締切は年11月13日(土)、配信は11月20日(土)15時~の予定です。ぜひご応募、ご視聴ください。

 

インタビューされた人

天野うずめ(あめの うずめ)

ポトナム短歌会所属、「歌会たかまがはら」主催&司会

Twitter @uzume_no_hijiri

たかまがはらTwitter @utamagahara
たかまがはらblog
たかまがはらYouTube

自選短歌

スクランブルエッグがきれいに焼けたなら告白すると決めていた朝

 

インタビューした人

牛隆佑

1981年生まれ。空き家歌会管理人。フクロウ会議メンバー。

これまでの活動はこちら

Twitter:@ushiryu31
blog:消燈グレゴリー その三

自選短歌

朝焼けは夜明けを殺しながら来る魚を食らう魚のように

 

記事内で紹介した短歌企画

  • 歌会たかまがはら:短歌を募集してゲスト歌人とおしゃべりする短歌番組。中の人は天野うずめ。2011年~
  • 題詠blog:Webの題詠企画。現在(「題詠100首」)の主催は五十嵐きよみ。2003年~
  • 土曜の夜はケータイ短歌・夜はぷちぷちケータイ短歌:短歌ラジオ番組。放送はNHKラジオ第1。2005年~12年
  • うたの日:毎日歌会が実施される短歌投稿サイト。管理人はのの。2014年~
  • 大阪短歌チョップ:短歌イベント。主催は大阪短歌チョップ委員会。2014年
  • うたのわ:短歌投稿共有サービス。運営は村式株式会社。2008年~
  • うたらば:短歌と写真のフリーペーパー。発行人は田中ましろ。2010年~
  • NHK短歌:題詠の短歌番組で当初は「NHK歌壇」。放送はNHK。1997年~

 

「短歌の企画者に話を聞いてみた」バックナンバー

第1回 「あみもの」御殿山みなみさん

第2回 「うたつかい」嶋田さくらこさん

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