短歌の企画者に話を聞いてみた~「あみもの」御殿山みなみさん編~

企画

はじめまして。牛隆佑(うしりゅうすけ)といいます。短歌をつくったり短歌の活動をしています。

TANKANESSで「短歌の企画者に話を聞いてみた」という連載をはじめます。さまざまな短歌の企画者に、インタビューしていこうという連載です。

第1回は、今年3年に渡る活動が終了した、短歌連作サークル『あみもの』の企画者である御殿山みなみさんのお話を伺います。

 

短歌連作サークル「あみもの」企画者 御殿山みなみさんインタビュー

短歌連作サークル「あみもの」とは?

:まずは「あみもの」お疲れ様でした。

御殿山ありがとうございました。

:話を進めていく上で最初に「あみもの」の概要を聞かせてください。

御殿山キャッチコピーとしては「固定メンバーなし、提出義務なし、出し先に困った短歌連作を共有するサークル」です。誰でも入れるし、毎月出さなくちゃいけないということもないです。
3~15首からなる連作(同一の題材としてまとめたもの)として未発表の作品、一首ごとの既発表の短歌を集めたものでも、既発表連作の改作でも構いませんが、「このかたちで出すのははじめて」という連作を、いただいたものはすべて掲載します。
提出方法はTwitterのDMかメール。毎月20日に締切、25日を目安にGoogleドライブにPDFの形式で公開します。
創刊号は2018年1月、毎月欠かさず発行して、2021年3月の39号が最終号でした。

:参加者数はどうでしたか。

御殿山初回は43名で、最終号は181名。最も多かったのは、こちらから参加を呼びかけた24号の241名でした。ただし、これは参加者単位ではなく連作単位です。ユニットを組んで参加する人たちもいましたので。

:そういう参加形態もありなんですね。それにしても、この参加者数はすごいですね。ちょっとした短歌結社(歌人による継続的な団体・組織。作品発表・活動の場。)の規模です。

御殿山いや、僕の念頭にはうたつかい」(短歌のzine。編集長は嶋田さくらこ。2011年~があって、号にもよりますが、「うたつかい」がだいたい毎号200名は参加している認識なんですね。
だから241名という数自体もありがたくはありますが、すごいとは思わないです。
「うたつかい」と「あみもの」の両方に参加している人はそんなに多くないですし、実際に短歌を作っている人はもっともっと多いはずです。

:分かります。「うたつかい」も「あみもの」もいわゆる短歌クラスタの全体からすれば本当にごく一部なんですよね。

御殿山網羅したとはまったく思わないですね。

 

「あみもの」をはじめたきっかけ

:「あみもの」を始めようとしたきっかけはどういったものですか。

御殿山理由は複合的です。

まずは、自分が短歌結社に入っていないので、月詠(月毎に結社に送る詠草)をやりたいと思ったことです。当時、那須ジョンさんという方が、noteで「一人月詠」的な取り組みをしていました。
僕もそれでもよかったのですが、Twitterを見ていると、結社に入れないことの理由に「結社誌が自宅に届く(住所と本名を提出しなくてはいけない)」を挙げる人がけっこういたんですね。絶対ではないとしても、結社や投稿では、やっぱりなんとなく個人情報の共有が前提になるものが多いですよね。

「あみもの」ならそういった人たちが気軽に参加できるだろうという思いはありました。だから創刊号ではそういった人たちが多く参加してくれました。自分の動機と周囲の要望がうまく嚙み合ったのが始めたきっかけです。

:結社の月詠は選者による「選」を受けての掲載になるので、「連作」とは微妙に違うものですが、「連作サークル」と「連作」を強調したのは、なぜなんでしょう。

御殿山強調していますね。一人で月詠をしている分には問題ないのですが、広く募って月詠を集めると「ネット結社」と言われて、「御殿山みなみ」がネット結社の主宰になってしまうのが嫌だったんですね。
「あみもの」をやっていく上では、僕はシステムであるべきだと考えていました。だから「月詠」は集められない。「連作」なら面白いかな、というのも少しはありましたが、「月詠」に代わるなにかというくらいのもので、ことさら強い思い入れはなかったです。

あとは「うたつかい」が自由詠5首での参加なので、「うたつかい」との差別化ですね。

:「うたつかい」をすごく意識していますね。

御殿山そうですね。後発で同じこともしても……という思いもありますし、参加者があまり重ならないように、とも思いましたし。

 

:3首~15首という設定についてはどうですか。PDF公開なら極端なことを言えば上限を外すこともできるじゃないですか。

御殿山上限を15首に設定したのは、短歌研究新人賞などの賞レースの落選作品をそのまま送れないようにするためです。
「作ったけれど出し先がない」という作品がターゲットなので、他の媒体で日の目を見なかった作品のそのままの受け入れ先という役割が大きくなってしまうと、あまりその人のためにもならないと考えました。そのまま出すくらいなら次に活かした方がいい。
もちろん、落選作の30首をたとえば10首に圧縮してまとめて出したい、ということなら喜んで掲載しますが。でも、具体的な3~15首という数はかなりファジーに決めました。

 

「うたつかい」など他の短歌メディアとの違い

:「うたつかい」の話が出ましたので、それとの比較で見て行こうと思います。

まず一つは、Webで完結する点。さきほどの話だと、紙媒体は個人情報のやりとりが必要なので、最初からまったく考えていなかったとのことですね。

二つ目は「デザイン」です。「うたつかい」と比べると、かなり簡素なデザインとレイアウトですが、これは意図的ですよね。

御殿山そうです。「あみもの」を凝ってしまうと、「お金を取れ」という意見が必ず出てくると思いました。その意見はとても真っ当で、「FREE」のクオリティであることは常に意識していました。もちろん僕の技術では「うたつかい」のクオリティでやるのは無理というのもあります。
一応、なるべくページをまたがないようになどの読みやすさの配慮はしてはいましたが。

:まさしく気配りは効いているが凝ってはいない、というデザインだと思いました。

三つ目は巻末に1作品につき2行で書かれた御殿山さんによる全作品初読感想です。毎号書ききるのはすごいですが、さきほどの「主宰にはならない」という意思とは逆方向に働きかねない取り組みに思えます。

御殿山実は特別なねらいはなかったんです。単純に作品をいただいたら感想を返すものだと思っていて、一人一人メールを送るのも大変なので、なら巻末にまとめて書くか、というぐらいのきっかけでした。で、評判が良かったのでそのまま続けることにしただけなんです。

:ちゃんとすべての作品に目を通していると示しつつ、なおかつ、「初読」とか「2行だけで書く」とかは、主宰にならない絶妙のラインでしているなと思いました。

御殿山これは個人のこだわりでしかないのですが、始めてしばらくは自分の作品をラストに配置していたのを、途中からやめたり、色んなところに記載していた「御殿山みなみ」の名前をできるだけ消すようにしたりしました。企画者としての存在を消した、機械のように動いているだけのシステムです。

:その感じはうたの日」(毎日歌会が実施される短歌投稿サイト。管理人はのの。2014年~)にも似ていますね。

御殿山そうです。僕は「うたの日」にもよく参加しますので。だから、作品の提出も積極的には呼びかけずに、ひたすら受け身に徹しました。そういうシステムだけの企画があってもいいんじゃないかと思ったんですよね。

:そう言われると、たしかに比較すると「うたつかい」やうたらば」(短歌と写真のフリーペーパー。発行人は田中ましろ。2010年~)は企画者の個性が色濃く出ていますね。

御殿山「うたつかい」は募集短歌以外のコンテンツがあって、その部分に編集部の意図や方針が現れますし、「うたらば」に至っては「選」がありますからね。「選」があれば当然です。

「あみもの」が、短歌を集めてまとめて出すだけ、だからできることです。ただ、その分、自分が面白いと思える以外のメリットは無いですね(笑)

:たしかに「うたらば」の田中ましろさんや「うたつかい」の嶋田さくらこさんは、その労力にはとても見合ったものではないですが、活動を楽しむ以外のメリットはあったと思います。

御殿山そうですね。「うたつかい」に比べてメリットを受けていない、という話ではなくて。「あみもの」を運営していることで、周囲にちょっと持ち上げてもらうことは時々あって、とてもありがたいのですが、それをモチベーションにしてしまうといざ無くなった時に続けていけなくなるんですよね。結局は39号で終了しましたが、何の感情もなく続いていく安定を目指していました。

「あみもの」は自分が短歌を続ける動機にしてはいけない、という気持ちでやっていました。でもいったい、何のためにやっていたんでしょうね(笑)

:まるで公共事業ですね(笑)

御殿山公共事業だと思います。ただ、僕はもともと人数の少ない回文クラスタというのもあって、こういうのってプレイヤーがいなくなると本当につまらなくなるんですよね。短歌を作る人・読む人を増やしておかないと面白くなくなる、とはずっと思っています。それは絶対に書き手としての自分にも還ってくることですし。

 

「あみもの」の終了の理由

:「あみもの」を終了させた理由を教えてください。「あみもの」のブログを読むかぎり、複合的だとは思いますが。

御殿山一つの企画が長く続き過ぎるのはどうなんだろう、というのがあります。色んな人が色んなことをする方が、場が活性化すると思います。誰かが企画をやめたら、別の誰かが何かやりだす確信があります。

2020年の夏に予告して、21年の3月に予告通り終わりました。予告した理由は、年単位の計画で連作を作っている参加者がいたからです。

:その「あみもの」の参加者層についても話したいのですが、どんな方が参加していましたか。

御殿山参加者が60人そこそこだったころは、ほとんどが僕の知り合いですが、80人を超えたあたりからは、知り合いの知り合いが増えていった感じです。

:その中には「はじめて連作を作った」という方も多かったですか。新人賞に応募したり雑誌・同人誌で発表したりする以外で、連作を作る機会ってなかなか無いので、多くの人にそうした機会を作ったのなら、意義があることだったと思います。

御殿山多かったですね。僕がはじめた時には「連作」については特別な意識もなくはじめたんですが、たしかに牛さんの言うような意義はあったのかなと思います。

:あと、「あみもの」をきっかけにして、短歌結社に入った人もいますよね。

御殿山そうじゃないと言われたらごめんなさいですが、僕の中では確実にいました。「あみもの」への毎月の参加が、結社の月詠のハードルに対する自信になりますし、「あみもの」にはない選歌を求めてというのもありますし、もっと言えば歌壇で出世してやろうでもいいと思うんですが、踏み台として使ってもらえるのもいいことだと思っていました。ちなみに「あみもの」からは、ほとんどが塔短歌会に入会した印象です。

:え、それはなぜですか。

御殿山選者が固定されていないからではと推測しています。たとえば、未来短歌会だと師事する選者を決めないといけませんが、選者の選ぶ決め手となる情報がなかなかネットだけの活動では得られない。

:なるほど。たしかに塔短歌会は選者が固定されずに交代制で自動的に振り分けられます。ある意味でシステマティックな選歌で、ネットとの相性がいいですね。その視点は考えたことがなかったので、目から鱗です。

 

運営のうえで気をつけていたこと

:「あみもの」を運営する上で、これを「しない」ように気をつけていたことはありますか。

御殿山:「権威」を持たないことですね。「僕の好きな歌はこれでした」と言う時にも「どのように言うか」はとても気をつけていました。まったく言及しないことも一つの方法ですし、開始当初はあくまで個人的な好みであることを強調してツイートしたこともありました。

:「選歌」にならないように、ですね。

御殿山「あみもの」を止めるとなって、はじめて自分のnoteに簡単な一首評を書きはじめたくらいです。僕に選ばれるために作品を送るようになると、それはもう結社です。参加者側がそれを目標にしてしまったら、それはもう仕方ないことですが。僕が良いと思った作品は「あみもの」で目立てる、には絶対にならないようにしようと。

参加してくれている方の中には、正直に言えば僕には短歌的な良さが全然分からない、という方もいるんですね。たとえば、日記調の短歌がそうです。それでもその参加者の方は、なにかしらの意義を感じて「あみもの」に毎号参加してくれているはずなんです。そうした時に、異なる方向の短歌をちやほやしてしまうと、嫌な気持ちにさせてしまうと思うんですよね。

「選」をするなら権威をどう使うか、「選」をしないなら権威をどう持たないようにするか、ここが最も大切なことだと思います。

今は、階段歌壇(TANKANESSの短歌投稿企画。選者は橋爪志保。2020年~)や、粘菌歌会(短歌投稿・選歌サイト。主宰はかみしの(上篠翔)。2018年~)など、「選」のある企画をされている方がたくさんいますが、うまくやってほしいと思いますし、実際にとても丁寧にうまくやっていると思います。

:そうですね。僕もそう思います。

 

「選」の話が出ましたので、「選」にも目に見えるシステムとしての「選」の他にも、もっと曖昧で雰囲気的な相互の「選」が、存在すると思っているんです。長く続くと、他の参加者の作品を読み合う中で、そこにいる存在感のある歌人に影響されて、だんだんと各参加者の短歌が漠然と緩やかに均質化されていく。各誌のカラーと呼ばれるものは、その結果に辿り着くものだと思います。

たとえば「うたつかい」でも一時期、その傾向はあったと思います。「うたつかい」は公式から、Twitterでの感想ツイートを勧めていて、一時期はとてもタイムラインが賑わっていました。「選」は無いけれども、できれば多くの人に読んでもらいたい、選ばれたい、という漠然とした「選」は働いていたと思うんですね。

ひょっとして「あみもの」には、その漠然とした「選」さえ無いんじゃないかと思いました。まったく無いことはなくても、少なくとも薄い。長く続いていた割に、本当にみんなバラバラの作風に感じられて、最初から最後まで、それぞれの参加者が他の人を気にせずに、自分の好きにやっているだけなんじゃないかと。

御殿山濃い・薄い、なら薄いでしょうね。「うたつかい」の自由詠は5首固定なので、均質化しやすいのだと思います。5首でできることだとどうしても限られてきますから。

:なるほど。たしかに「あみもの」の歌数や形式の融通の利きやすさが、型に嵌めない方向に働いているような気がしますね。

御殿山あと「うたつかい」は、その存在意義の一つに、Twitterに流れていってしまう既発表を留めておきましょう、というものがあって、「残したい歌」を載せたくなるんですよね。

:さらに言えば、「うたつかい」はそもそも嶋田さくらこさんの「Twitterにいる歌人の流れていってしまう短歌を読みたい」思いからはじまっているので、「読む(読んでもらう)」ことに重点が置かれた「読者のための場」なんですよね。短歌以外のコンテンツの充実もその表れだろうと思います。それに比べると「あみもの」はプレイヤーのための場ですよね。エンターテイメントコンテンツではなくて。

御殿山そうですね。その通りです。

:だから、「あみもの」を一号丸々一気に読もうとすると、めちゃくちゃ疲れるんですよね。作風も文体もそれぞれの好き勝手を追求した作品が並んでいて、しかもその上で辛い料理も甘い料理もどれも味がとても濃い、という。その分、プレイヤーにとっては、貴重な場だっただろうと思います。

 

印象に残った作品

:具体的に印象に残った作品はありますか。でも、さきほどの話からすると、この質問は止めておいた方がいいですかね。

御殿山いや、よく尋ねられましたが、その時には14号の多賀盛剛さんの作品を挙げるようにしていました。多賀さんがひらがなのみの文体に目醒めた時の作品です。この作品は「あみもの」参加者以外からも「この作品すごい」と反響がありました。

 

「冬」 多賀盛剛

いつかゆき、ふらへんくなって、それすらも、いつからやったか、わすれてまいそう。

あのこども、いぬのなでかたやさしかった。そうされてきて、いきてきたみたい。

めのまえに、カップにはいったコーヒーがある。さめるまであつかったとおもう。

こんかいも、おわかれのひにそのひとの、おわかれのかお、はじめてしった。

あ、なんか、のってるひとぶんでちょうどしゃりょうのせきぜんぶうまった。

あ、ぼくやん、こっからあんなとおくまでのびたあたまのかげもぼくやん。

ほら、いきもめっちゃしろい。みせたかった、ほら、こんなしろいって、めのまえで!

あかしんごうずっとてんめつしてんのに、つもってるゆき、まっしろんまま!

ゆきふむん、たのしい、なんさいでもって、いいきれるほど、もっといきたい!

はしった、ゆきんなか、ぜんりょくで、だけで、こんなあついんか、からだんなか!

 

:僕も好きな歌を紹介する歌会で、この時の多賀さんの5首目の短歌を引きました。

御殿山これくらい突き抜けていたら、もう言及してもいいかと思ってツイートもしました。

あと印象深いのは、くろだたけしさんですね。「あみもの」が終わる前はプッシュすることはなかったんですが、個人的には好きな作品でした。

 

「祭りの日」 くろだたけし

勢いをつけて跳んだらそれっきり思い出さない友だちのこと

出会ってはいけない子供が待っている行かないほうの道の先には

お祭りは中止になったぬかるみが広がりみんな沈んでいった

嘘つきを裏切る人に罪はなく後ろの正面だあれもいない

 

:たしかに、展開の仕方が独特で不思議ですが、いい歌ですね。

御殿山個人的には平井弘っぽい雰囲気があると思います。死者のことを考えているというか、自分の背後に透明人間がずっと立っているような、そんな気配があります。

 

「あみもの」の意義は何だったのか

:終わったばかりで、まだ総括には早いと思いますが、「あみもの」の意義は何だったと思いますか。

御殿山残念ですが、連作の出来に関わらず、Twitter上で連作を発表して「2リツイート5いいね」という人はたくさんいるんです。そもそもの交流がないとどうしても。その作品はおそらく20人ぐらいの人にしか読まれていないんですよね。でも、「あみもの」に出すと、100人には読まれる、というのは絶対にありました。「あみもの」でまず読まれて、そこから読者が広がっていくきっかけになればいいと思っていました。

ただ、これは僕が考えていたことで、参加者の側からすると毎月の決まった掲載先として活用してくれていた人もいたでしょうし、僕の考えていたところ以外でも、うまく使ってもらえていただろうと思います。

:そう、参加者の顔触れを見るとかなり様々で、結社にも所属しているし歌集も出している、という人も結構いますしね。

御殿山結社に所属している人が、結社に月詠を出しながら「あみもの」に参加しているのはすごいですね。「あみもの」は形式が何でもありで自由度が高いので、ちょっと遊んでみたり試したりするにも便利だったと思います。意義は参加する側が見出すものですね。意義があるから参加するんでしょうし。その意味で「あみもの」をやって良かったなと思います。

 

今後の活動について

:御殿山さんの今後の活動としては、まずはオンライン短歌市」(オンラインで実施される短歌の同人誌即売会)でしょうか。もうすぐ2回目(2021年8月29日)ですよね。

御殿山「オンライン短歌市」のそもそもは橋爪志保さんの発案で、僕と谷じゃこさんを加えた3人で運営しています。

:「オンライン短歌市」の思想としては、文学フリマ(文学特化の同人誌即売会。主催は文学フリマ事務局。2002年~)の補完なんでしょうか。「あみもの」の延長線上あるいは同じ地平上にあるのが文学フリマですよね。

御殿山少なくとも僕はそう捉えています。それと同人誌の通販はもっとノウハウ化されるべきだと考えています。特に匿名配送をどんどん進めていくべきですし、配送料を込めた値付けを最初から考えたほうがいい。

:文学フリマも各地で行われるようになりましたが、それでもどうしても来場できない人もいます。自分で同人誌を作って、ブースを借りて出店するのはなおさらです。どなたでもアクセスできる環境作りは必要ですし、その意味で、「あみもの」を運営してきた御殿山さんが、「オンライン短歌市」に参画するのはすごく良いことだと思います。

 

おわりに

「あみもの」のみに留まらず、短歌界の色んなトピックが絡む話となりましたが、それも御殿山みなみさんの視野に広さによるものです。さすがに「あみもの」にまとめきれないので割愛しましたが、この他にも歌集の出版状況や短歌投稿の状況などの話題があり、そのどれもが離れているように見えて、実は「あみもの」の活動にも細くつながっていたはずです。御殿山みなみさんの「次の」活動にもご注目ください。

 

インタビューされた人

 

御殿山みなみ

1990年生まれ。インターネットで短歌をしています。「えいしょ」同人所属。
「あみもの」の中の人を3年強、やっていました。

自選短歌

その鳥が水にもぐったとこで覚め、血管のどこかに残ってる

インタビューした人

牛隆佑

1981年生まれ。フクロウ会議メンバー。

これまでの活動はこちら

Twitter:@ushiryu31
blog:消燈グレゴリー その三

自選短歌

朝焼けは夜明けを殺しながら来る魚を食らう魚のように

 

記事内で紹介した短歌企画

御殿山みなみさんの短歌企画
  • 短歌連作サークル「あみもの」:固定メンバーなし、提出義務なし、出し先に困った短歌連作を共有するサークル
  • オンライン短歌市」:オンラインで実施される短歌の同人誌即売会

 

記事内で言及した短歌に関わる企画
  • うたつかい:短歌のzine。編集長は嶋田さくらこ。2011年~
  • うたの日:毎日歌会が実施される短歌投稿サイト。管理人はのの。2014年~
  • うたらば:短歌と写真のフリーペーパー。発行人は田中ましろ。2010年~
  • 粘菌歌会:短歌投稿・選歌サイト。主宰はかみしの(上篠翔)。2018年~
  • 階段歌壇:TANKANESSの短歌投稿企画。選者は橋爪志保。2020年~
  • 文学フリマ:文学特化の同人誌即売会。主催は文学フリマ事務局。2002年~
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